【精霊憑きと魔法使い】第七閃

 

第七閃『乱入者と乱入者』

「僕と決闘しろ」
 部屋の中に乗り込んできたその人物は、ロンガの顔を見るなりそう言い放った。
「何言ってるのリックス……」
 背はロンガと同じくらい。短く切りそろえた髪は、アイアよりも色が薄く、丁度キアラと同じ色。
「ロンガ・シーライドだっけ? 決闘だ。お前がアイア姉ぇに相応しいかどうか、見極めてやる」
「ハ、なんだいきなり、お前誰だ?」
 耳を覆い隠すほどの量の銀髪を揺らして、ロンガが立ち上がる。
 その問いには、隣にいたアイアが答えた。
「リックス……私の弟よ」
「! ……犬じゃなかったのか」
「「「何の話をしてるの?」んだ?」い?」
 アイア、リックス、そしてその父グレインからの語尾の揃わない同時ツッコミ。
「ちょっと、リックス!!! どういうつもりよ!!」
 リックスの後ろから、顔を真っ赤にしてキアラが怒鳴る。
「なんだよキアラ……僕のやることには口を挟まないでくれるかな。 それにどういうつもりかはさっき言った」
「そうは行くわけないでしょ!? 大体何よ『アイア姉ぇに相応しいかテスト』で『決闘』って!!!」
「そうよ、それにロンガが私に相応しいかどうかって……何に関係があるのよ」
 アイアとキアラが姉妹で揃って捲くし立てる。
「はぁ……」
 温度が上がっていた部屋の雰囲気を、そんな溜息で断ち切ったのは、あろうことか、グレインだった。
「どうしたアンタ、テンションの高いキャラじゃなかったのか」
「いや、こっちとしてもそのつもりなんだがね。
 とりあえず、我が娘キアラよ、ロンガ君のことを僕の息子に話したね?」
「え、あー…………うん」
 少しばつが悪そうにするキアラ。
「フム……なるほどねぇ……」
 グレインはロンガの顔を見つつにんまりと笑む。
「で? どうするんだ、そこの白髪。僕の挑戦を受けるのか。それとも尻尾を巻いて逃げるのか」
「あ……」
 アイアがそれに気付いたときはもう遅かった。
「しら……が? はくは……つ?」
 正に鬼の形相。ロンガの顔に、怒りによる皺が幾本も刻まれていく。
銀髪って言えよこの野郎
 いつも以上に、異常に、低くドスの聞いた声。
 ロンガは、自分の髪の毛を白髪と言われるのを嫌がるのだ。
 どう言い張っても、『銀髪』は『白髪』の同義語でしかないのだが。
「はっはっはっはっは!!!」
「「「――――――――!!?」」」
 重くなった空気を切り裂く、一際大きなグレインの笑い声。
「どうやら、ロンガ君もやる気みたいだし、やってみるかい?決闘」
「お父さん、それ本気!?」
「おいおい、誰がやる気だって?」
「なんだ、やっぱりヘタレか」
「リックスも!もうやめなさいよ!」
 リックスは、アイアにそうたしなめられると、一瞬弱ったような顔をしたが、
「悪いけど、アイア姉ぇの言葉でもそれは聞けないよ」
「リック……って」
「ハ、ヘタレ……ねぇ……親子揃って同じコト言いやがって……」
「ロンガも!! 安い挑発に乗らないの!!!」
 アイアの言葉は全く耳に届かず、ロンガとリックスは、二人、嗜虐的な笑みを浮かべ、凶悪な目線で威嚇しあっていた。
 そこに、一人気楽な傍観者が――本来最も早くリックスを止めに入らねばならないはずの、父親であるグレインが、決定的な言葉を放つ。
「ロンガ君、君が僕の息子に勝てたら、君の知りたがっていたことを教えてあげるよ」
「「ココに来て何をいっとんじゃぁああああああああ!!!」」
 アイアとキアラの拳が、グレインの顔面に炸裂する、と思われたが、グレインはあろうことか、椅子に座ったままの姿勢で――その姿勢を崩しながら、もっと言えば椅子から落ちながら――それをかわし、後ろに二回ほど飛び退いて、立ち上がった。
「くっ…………」
 苦々しく、舌打ちをするアイア。
「フン、もう付き合ってられない。ロンガ・シーライド」
 アイアの弟、リックスは、
「中庭で待っておく。お前が、アイア姉ぇの傍に居たいなら――そして、僕の挑戦も受けられないような腰抜けでないのなら、昼過ぎにそこに来い」
 そうとだけ言って。キアラの脇を通り過ぎ、部屋から消える。
 キアラは、憎々しげにそれを見送っていた。
「ロンガさん、あんな奴の言うこと、気にすることないですよ! それに決闘だなんて……」
「…………フン」
 ロンガは、一度鼻を鳴らして、グレインのほうを向く。
「勝ったら、オレの知りたいことを教えてくれるんだって?」
「え、ロンガさん!?」
「はっはっは!そう! 一つと言わず――そうだな、三つぐらいは答えてあげてもいいかな!
 もちろん『七罪星』のアジトも、だ」
「ハ、充分すぎるな」
「ロンガ……まさか……」
「ああ、そのまさかさ。どうやらこのままじゃ、グレインは『七罪星』の居場所を教えてくれる気はないみたいだし、それに」
 それに――――

「あんな好き勝手言われて、何もせずにいられるかっての」

 ロンガのその顔に張り付いた、嗜虐的な笑みは、同時に、随分と楽しそうだった。

 

 
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 シルストーム邸中庭。大きく開けた柔らかい芝生の上に、ロンガとリックスは向かい合っていた。
 その二人の中間から少し離れた位置に、にんまりと笑うグレイン、心配そうに二人を見守るアイアとキアラの姿があった。
「全く……どういうつもりよ、お父さん……
 何で今日に限ってリックスの我侭なんて聞くのさ」
 非難がましくアイアが言う。
「はっはっは! 言ったろ?これはテストなんだ。
 ロンガ君が、自らの復讐を果たす権利があるか否かの。 
 そして、ロンガ君がアイアに相応しいかのね。
 こんなところで、しかも僕の息子に負けるようじゃぁ、絶対にイミルは倒せないし、僕の娘の傍に置くには心許ないね」
「…………さっきも言ってたけど……ロンガの復讐の相手……その、イミルって人、知ってるの?」
 グレインの台詞の後半はほぼ無視して――それでも、少しだけ顔を赤らめて。それを覆い隠すように、アイアは問うた。
「――――まぁ、古い知り合い、ってところかな」
 アイアには、父親であるグレインの、その表情が、とても懐かしそうにしているように見えた。
「ねぇ、お父さん」
 そこに、キアラが声をかける。
「ん? なんだい、キアラ」
「いくらロンガさんをテストするためって言ったって、私はコレ……やりすぎだと思うな」
「……どうしてだい?」
「………………」
 少し諦めたような、そんな表情で、キアラは草の上に腰を下ろして、父親の問いに答える。

「だってコレ、“決闘”なんでしょ?」



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 歩数にして十二、三歩ほどだろうか。そんな距離を飛び越えて、アイアの弟だというリックス・シルストームの声は、ロンガの耳に届く。
「分っていると思うが、ロンガ・シーライド。
 コレは“決闘”、手加減は無用だ」
 リックスは、腰に帯びていた長剣を引き抜き、切先をロンガに向けて、
「ココで僕なんかに殺されるような奴に、アイア姉ぇは護り切れない」
「ハ――――」
 ――『オレがアイアを護りきる』などとのたまった覚えは無いが……ってか何から護るってんだ。
「フン、何ださっきから、アイア、アイアって。
 シスコンかお前」
「そうだ。僕はシスコンだ」
「………………っ!!!」
 ――予想外!認めやがったこいつ!!!
「ただし僕は、ティレイ姉ぇにもキアラにも興味は無い。
 僕の愛情の対象はこの世でただ一人、アイア姉ぇだけなのさ!!!」
「ハ……お前、多分この作品で一番キャラ濃いぞ……」
 自分のキャラが飲まれないかと、心配するロンガに対し、
「ところでお前、武器はいいのか」
 と、ロンガの正体を知らぬリックスは、まさに要らぬ心配をする。
 確かに、ロンガは一切の武器をその身に帯びてはいない。
「ハ、なんだ、キアラから聞いてないのか」
 そこでロンガは、一瞬迷ったように視線を逸らし、そして軽く溜息をつく。
「オレは“精霊憑きスピリウル”でね。 武器ならここにあるんだ」
 左手の親指で、自分の胸を差しながら、ロンガは言った。
「…………!! なるほど。
 これはますます、アイア姉ぇに近づけておくわけにはいかなくなったな」
 その言葉にロンガは顔をしかめるが――――
「それじゃ! そろそろ始めようか二人とも」
 と、近づいてきたグレインの声が、会話を断ち切った。
「………………」
「………………」
 後は二人、無言のまま睨み合う。
「それでは!!」
 グレインの右手が天高く上がり――――ロンガは姿勢を低くし、リックスは剣を構える――――
「始めっ!!!」
「ハ!」
 柔らかな草を――地面を踏みしめて、ロンガは、リックスへと猛スピードで突進してゆく。
 もちろん、利き手である左手には、魔力を集中させながら。
「フン」
 ――やはりな。
 武器を持たぬことで、全力での疾走を可能にし、直前で武器――“神器スキル”というのだったか――それを生成する事で、そのリーチや形状を相手に悟らせない……“精霊憑きスピリウル”だからこそできるいい手だ。
「だが!!!
 エイク・ロウル!!!」
 剣を横に薙ぐと共に、唱えた呪文。
 放たれた魔法は、その場に、両雄の身長を越える大きさの氷の壁を作り出した。
「――――!!! ハ、知るかそんなもん!!!」
 突如として現れた障害物にも、全くスピードを緩めることなく、
「【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】!!!」
 風纏う大剣を生成し、氷の壁へ叩きつけた。

     ガァァアァァァッ!!

「な……ぐあぁあああああああああ!?」
 その剣の、そしてそれが纏う風の破壊力は、氷の壁を打ち砕いたばかりか、その裏にいたリックスすらも吹っ飛ばした。
「が……ぁ、く……なんで……っ」
 地面にしこたま身体を打ちつけ、苦しそうにうめくリックス。
 それもその筈、である。
 全力疾走が可能。相手に武器のリーチを悟らせない。
 それは『武器を始めに生成しない』理由としては完璧である。
 しかし『武器を後から生成する』理由としては後一歩、である。
 それ即ち、剣閃の初速。
 何も持たずに腕を振るう、その速度のなかで大重量の大剣を生成し、さらに勢いをつける。
 重量と速度が生む破壊力! それは完全にリックスの計算外だった。
 いや、完全に、と言うならば、“大剣ブレード”の重量、そして何より“風霊シルフ”の風の威力こそ計算外だったが。
「が、く……そ」
 目を白黒させながらも、起き上がるリックス。そこに――――
「ハ、食らえボケ」
「え――――?」
 リックスが魔法で作り出した氷の壁があった場所、即ち、リックスが吹っ飛ばされる前にいた地点から、たったの一歩でロンガは、リックスに肉薄し、その鼻面に思いっきり蹴りを叩き込んだ。
「ごあああああああああああああ」
 みっともなく再び地に転がるリックスに、ロンガはさらに追撃をかけようと、接近し、右手に・・・持った剣を振り上げた。
「く、くそっ……!!!」
 ロンガに向かって剣の切先を向けようとするリックスだが、
「――――!!!」
 その切先は、ロンガの左足で地面に踏みつけられていた。
「ハ、身の程知らずが。これで終わりだな」
 振り上げた剣が纏う風圧が、僅かに強くなる。
「な、ちょ――――待て、待ってくれっ」
 手を前に出し、助けを請うリックス。
「手加減なし、なんだろ?」
「う、うわぁあああああああああああああ!!!」

 風纏う大剣が、無慈悲に、迷い無く、一直線に、振り下ろされた。


 

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「はっはっは! いや、ちょっと本気で殺っちゃったかとおもったね!」
 そんなグレインの声に、固く目を瞑っていたリックスはその目を開く。
 ロンガの“神器スキル”【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】は、リックスの左側の地面を深く抉っていた。
「ハ、こんな遊びみたいなんでいちいち殺すかよ。 それに仮に殺っちまってたら、アンタが黙ってなかっただろ?」
「まぁ、そりゃぁ、ね」
「ははは……なんだよ……本気で殺されると思ったじゃねぇか……」
 引きつった笑みを浮かべながら、安堵の台詞を口にするリックス。
「リックス、鼻血出てる」
 キアラがぶっきらぼうに言い、白いハンカチをリックスに投げてよこす。
「あぁ、ありがと……」
「全く……ホント無茶するんだから」
「うるさい……ホントなら勝てるはずだったんだ」
 決まり悪そうに言うが、
「はぁ!? どこが! ボロ負けだったじゃない!!!」
 ばっさりと切られてしまった。
「キアラ……お前はもうちょっと言葉に気をつけたほうがいいんじゃないのか……?」
「……ロンガは、大丈夫?」
 弟達のやり取りを、優しい眼で見ていたアイアは、ロンガのほうを振り向いて言う。
「ハ、一発も食らってないんだ、怪我も何もねぇよ」
「そう、よかった」
 にこり、と笑うアイア。
 ロンガはその顔を見て、『顔は似てるが、笑い方は似てないな』と、益体のないことを思った。
「…………くっ」
「リックス?」
 リックスは、よろめきながらも立ち上がると、キアラの声も無視して、館の方へ進んでいく。
「おい、リックス」
 その背中にロンガが声をかける。
「また今度るか?」
 ピタリと、一度立ち止まって。 数瞬の時間が流れた後、
「やだよ」
 振り返りもせずそう言って、また歩き出した。

「ハ、どうやら嫌われちまったみたいだな」
「もとより好かれる要素無かったけどね?」
「ロンガさんがアイア姉ぇと仲良いのがそんなに気に入らないんだね」
「はっはっは! 流石に僕の息子に僕の娘はやれないよねぇ」
「あぁ、そうだ、グレイン。勝負は俺の勝ちだ。さっさと『七罪星』のアジト、教えてもらおうか」
「はっはっは! そういえばそういう約束だったね。仕方ない」
 そこで一度言葉を切って、口調を変えてグレインは続ける。
「けれど、これだけは約束してくれ。たとえ『七罪星』のメンバーと戦うことになっても絶対に――――」

     ド  ン  ッ !!!

「――――!!?」
「なんだ!?」
 空気を、そしてその場にいるものの鼓膜を揺らす、爆発音。
 見れば、邸の壁が崩されていて、そこから侵入者が中庭に入ってきた。
 耳を覆い隠すほどの漆黒の髪。見るだけでその力強さが伝わってくる、鍛えられた大柄な身体。
「久しぶりだなグレインよ。 相変わらずのようでなにより」
 顔に幾本か刻まれた皺と、低く響くその声は、それの持ち主の年齢をうかがわせる。
「……お前は……………………!!!」
 その驚きは、声をかけられたグレインではなく。
「イミル……!ルカーソン……!!!」
「……!! アイツが…………!!」
「ん? フ、やはりここにいたか。お前も、随分と久しぶりだな」
 言い終わらぬうちに。ロンガは“神器スキル”を生成し、その大男へ飛び掛っていた。
「ま、待て、ダメだロンガ君!!」
 グレインの制止も、ロンガの耳には届かない。
「はぁあああああああああああああああああぁあ!!!!」
「フ」
 その男は、少し口角を上げて、そして少し体を横にずらした。
 そしてロンガの眼には、壁にあいた大穴から、自分目掛けて襲い掛かる、巨大な火球が映っていた。
 ドンッ、と。先程と似た音がして。
「が、は……っ!」
 少し前のリックスのように、ロンガは無様に芝生の上を転がった。
「ロンガ!!」
 アイアはロンガに駆け寄る。
「フ、グレインよ。お互い、息子のしつけには苦労するな」
「――――!? まさか僕の息子を」
「手荒な真似はよせと言ったんだが。 どうにもコチラは嫌われているようなのでね。 仕方ないから、少し黙ってもらったよ」
 イミルの台詞が終わるのを待っていたように。
 壁に大穴を開け、ロンガを吹っ飛ばした、張本人が現れる。
 その手に持った、リックスを引きずって。
「「――――!!!」」
 息を呑むアイアとキアラ。
 完全に笑みは消え、怒りに支配されたグレインの表情。
「許さないよ、イミル……」
「フ、許して欲しいなどとは思っていないさ」
 本当にグレインの感情などどうでもよさそうに、イミルは言う。
「俺が目下興味があるのは、君が我々の用件を理解してくれているかどうか、ということだよ、グレイン」
 事態は。風雲急を告げる。




第七閃――――END

 

 

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