【精霊憑きと魔法使い】第六閃

 

『シルストーム邸と親子喧嘩』

 
 昨夜のシルストーム邸は、実に大騒ぎだった。
「お前、どれくらい家出してたの?」
 ロンガの問いに、アイアは気まずそうに、
「半年……くらい…………かな……」
 と答える。
「あー…………ハ、納得した」
 

 
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「やぁ! ティレイにアイアにキアラ! おかえり、我が娘達よ!!」
「「エイク・ブリザ・ウォク!!!!」」
 アイアの魔導具である杖と、ティレイの魔導具である本が同時に空を切り、両腕を開いて近づいてきた人物に冷気の弾丸を放った。
 が、その二発の冷気弾は、虚しい音を立てて、壁に命中した。
「はっはっは!! 流石我が娘、氷のような冷たさだ!」
「――――!!!? なっ……!?」
 その男は、アイアたち四人の背後にいた。
 しかし、それでも、それが当たり前であるかのように、アイアもティレイも、少し悔しそうな顔をしただけだった。
「でもいくらなんでもアイア、半年振りの再会でそれはないんじゃないの?」
「おい……いま、オレにも見えなかったぞ……? アイア、アイツは、誰だ……?」
「誰って、そりゃぁ……」
「お父さん、ですよ。ロンガさん」
「ん?ロンガ? 君はロンガ君というのか。
 僕は君みたいな大きな息子を持った覚えは無いが…………」
 そこで言葉を切り、ジッとロンガを見る。
「な、なんだよ……」
「君は僕の息子か?」
「「「んなわけねえだろぉー!!!」」」
 今度は、ロンガ、アイア、キアラの三連続のツッコミを、ひらりと避けて距離をとる。
「はっはっは! 今のは冗談。アイアのボーイフレンドだろ?」
「「なっ……!? ハァ!!?」」
 うろたえるロンガとアイア。
「お父さん……」
 頭を抱えるキアラ。
「はっはっは!!! 少々お遊びが過ぎたかな?
 一応、自己紹介しておこうか?」
「オレは……ロンガ・シーライドだ。なんだかんだでコイツに連れてこられた」
「なんだかんだって!!!
 連れてこられたって!!!
 しかもコイツ呼ばわり!!!」
 ツッコむアイアを無視して、ロンガは目の前の男を見る。
「そうかい、ロンガ君というのかい。僕の名前はグレイン・シルストーム。
 そこにいる、娘達の父だ」
「あぁーっ!!もう!!! 毎度毎度、何度言えば分かるのよおとうさんっ!!!」
 キアラが真っ赤な顔で怒る。
「父だの娘だの、恥ずかしいことばっかり言わないでよっ!!」
「おい、アイア」
 遠い眼でその光景を見ながらロンガが呟く。
「ん……何?」

 
「お前の家は、いつもこんな感じなのか?」

 

 

 
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 次の日の朝。
「ふぇ、なんて?」
「いや、だからさ、お前の親父だよ。
 なんか武道の達人だとか、そんなのじゃないのか?」
「う~ん……昔は傭兵団にいたとか言ってた気もするけど、何か気になるの?」
 ロンガとアイアは、赤い上等そうな絨毯がひかれた、ただっ広い部屋にいた。
「いや、昨日のあの動き、どう考えても素人じゃなかったぞ?」
 扉のある壁の逆側の壁にある、大きな窓。其処から差し込む光が、豪華な調度品や家具を照らしていた。
「確かに……私と姉ちゃんで、魔法覚えてからは、何度もアイツに仕掛けてるけど……」
 そういえば一発もあたったことがない、とアイア。
 ちなみに、ティレイは昨日、アイアの父親、グレイン・シルストームとゴタゴタを演じているうちに、いつの間にかどこかに消えていた。
「しかし……ハ、本当に豪邸だな……」
 ロンガは部屋を見渡しながら言った。
 落ち着かないのか、赤い絨毯の上に胡座をかき、ヒザを揺すっている。
「椅子に座ればいいじゃない……」
 アイアは椅子に座ってはいるが、背もたれを前にして、いかにも行儀がよくない。
「で? こんなところで待たせて――いや、まぁ、一宿一飯の恩もあるし、別に構わないんだが……何をさせる気だ?」
「さぁ……そんなの知らない――――」
 よ。と、最後の一音は、勢いよく開かれた扉の音に掻き消された。
「はっはっは! おはよう我が娘!そしてロンガ君!!」
 アイアの父、グレイン・シルストームのテンションの高い登場に、二人は苦笑いだった。
「ん、姉ちゃん……はまだ寝てるだろうけど、キアラとリックスは? もう起きてるでしょ?」
「(リックス……? 犬か何かか……?)」
「ああ、あの子達なら自分の部屋で朝食を摂ってるよ」
「……? おい、じゃぁ、何でこんな部屋にオレたちを呼んだんだ?」
 訝しげな表情でロンガは問う。
「まぁ、それは、君にも関係があるんだけど、いや、君にこそ関係があると言うべきか。とりあえず、」
 にこやかな笑顔で、グレインは言う。
「とりあえず、朝ごはんを食べよう」

 

 
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 白く柔らかなパンと、目玉焼き。そして大皿に盛られたサラダ。
 それらを運んできたのはあろうことか――いや、いっそ子の大きな屋敷には相応しい――身も蓋も無く言ってしまえば早い話、メイドだった。
「…………お前の家には、あんな奴らもいるのか……?」
 部屋を出て行く二人のメイドの後姿を見ながら、しばらく呆けていたロンガが、アイアに小声で言った。
「え、いや、まぁ……いつもいつもじゃないけど……」
「はっは! 中にいるのはたったの五人だけど、家は無意味に広いからね」
 グレインが、アイアの言葉を引き継ぐ。
「維持する為にはある程度、人手が必要なのさ。かといっていつもいるわけではないけれどね」
 そこまで言うと、グレインはパンを一つ鷲掴みにして、そのままかぶりついた。
「ハ……ツッコみたいところは幾つか在るんだがな……
 そろそろ、何のつもりなのか話してもらおうか」
 仮にも、である。
 仮にも、少なくとも、目上であろうグレインに対しても、全く媚びることの無いロンガ。
その目線は、しっかりとグレインを捕らえている。
「はっは! そうだね。じゃあ、単刀直入に言おう」
 広い部屋に、紅茶をすする音が響いた。
「キミは何で……ヒフトフまで来たのかな? いや、連れてこられたんだっけ? 
 じゃあ、何故……おとなしく連れてこられたんだい?」
「……………………」
「ロンガ君、だったね。僕は君の事をほとんど知らない、全く知らないと言ってもいい。
 でも――まぁ、これは僕の勝手な想像だから間違ってたらごめんね――君は、自分より他人を優先するタイプではないはずだ」
 『勝手な想像だ』と言いながら、はっきりと言い切ってくるグレイン。
「それこそ、僕の娘たるアイアに惚れたのでもない限り、意味無くヒフトフまでくるとは思えない」
「…………」
 苦笑いを浮かべるアイア。
「……ハ、昨日からロクに会話しちゃいねえってのに、えらく見透かしたようなことを言ってくれるじゃねえか」
 ロンガの言葉に、にこやかな、やわらかい笑みを作って、グレインは応える。
「はっはっは! まぁ実際――見透かしてはいるよ」
「――――!?」
「お父さん……?」
「それは……」
訝しげな表情で、ロンガが口を開く。
「オレの目的も、ってことか……?」
 ――何の根拠も無い。コイツが知っているはずがない。
 ロンガはそう思って――それでも、『まさか』という思いがあっての発言。
 ソレにグレインは、
「はっはっは!うん。大体は察しがついてるよ」
 にこやかな笑顔を保ったまま、そう言い放った。
「なっ……!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ロンガの目的なんて私も聞いた――――」
 聞いたことが無い、と。旅の伴で友であるロンガと、己が父であるグレインを交互に見ながら、アイアはそう、言いそうになった。
 言いそうになった。
 聞いたことが無い、と。大嘘を。
 既に何度も――ではないが、何度か、聞いているはずだ。
 それは、実も蓋も無く言ってしまえば――復讐。
 『とある奴を探し出して殺すこと』
 『今までソイツに対する怨みだけは忘れたことが無い』
 如何しても忘れられないと。そう言っていた。
 その対象が誰なのか、どういう経緯で旅をしてまで復習をするに至ったのか。
 詳しいことは、わからないけれど。
「まぁ、詳しい話を聞いてあげようと思ってね。 念のために、キアラ達には席を外してもらってるよ」
 あまり大勢に聞かれたくは無いだろうしね、とグレイン。
「…………お前……一体ドコまで知ってるんだ?」
「知っているトコまでは知っているよ」
「…………」
「…………」
 沈黙。
 ロンガは、目の前の男を、信用していいものか、本当に詳しいことを話してもいいのか、見定めようと、鋭い目線をグレインに向ける。
 逆にグレインは、そんな視線もどこ吹く風、目の前の銀髪の少年が言葉を発するのを、朝食を摂りながら待っているようだった。
 睨み合い――と言うには、一方的で、益体の無いその沈黙に、アイアも同じく沈黙しか挟めない。
 しかし――――
「ああ、そうだ」
 唐突に、グレインがそう声を上げる。
「どうやら、ロンガ君の方はなかなか決心がつかないみたいだし……案外ヘタレなのかねぇ、先にアイアの用件から聞いちゃおうか」
「なっ…………!!!」
 ――ヘタレだと!!?
「え、私の用件?」
「隠さなくてもいいよ、アイア。
 君がわざわざ自分から、この家へ帰ってきたんだ。何かしら用があるに決まっているだろ?
 もっとも、ロンガ君とは違ってその内容までは、分りかねるけどね」
「…………ん……」
 自身の親相手ということもあってか、アイアは、ロンガとは対照的に、すんなりと、その『問い』を口にした。
「お父さん、“ブラッドボックス”って、知ってる?」
「…………」
 その『問い』を受けてグレインは。
 グレインの顔は、今だ笑みのまま。
 しかし微妙に、されど、他人であるロンガにも、それが感じ取れるぐらいには、表情が変化した。
「おいアイア、なんだその、“ぶらっどぼっくす”って」
「うん……ちょっと、ディルズでね」
 いくらか前、ロンガが、アイアが、この街、ヒフトフへ来る理由を作った場所。
 今はもう、廃村となったディルズ村。
 そこで、ロンガは、何故か自分を狙う『七罪星』の一員を名乗るキロ・ウッドビレッジと。
 アイアは、そのキロと行動を共にしていた、“魔法使いウィザード”グラムと。
 それぞれ戦闘を繰り広げた。
 ディルズを去る際、ロンガは、キロとの戦闘の内容――猫刀ムラマサや、キロの“神器スキル”などについて――アイアに話していたが、アイアのほうは、ロンガには何も話していなかった。
「百歩譲って、形を変える呪具や魔導具はアリだとしても、身体の一部になる――いや、身体の一部として結合する呪具なんて、あるの?」
 アイアとの戦闘の際、グラムは、その左腕を何の抵抗も無く、恐れも、惧れも無く、引き千切り、その腕は四角い箱の形をした魔導具にカタチを変えていた。
 アイアには、それが、そのときのグラムの表情や、飛び散った鮮血や、その他もろもろが、頭について離れなかった。
 どうしても、気になったのだ。
「『ブラッドボックス』ねぇ……」
「他にも、刀と猫の両方に姿を変える呪具とか」
「ハ、アレはなかなか強かったな……」
 キロとの戦いを思い出して、ロンガは苦笑いを浮かべてしまう。
 しかしその表情も、次の瞬間には驚愕のものに変わる。
「はっはっは! なるほど……君たちはキロ君に会った――それどころか戦ったのか」
「「――――!!!? 知ってるの!?」か!?」
「はっはっは、意外なところで二人の話が繋がったね」
「オレはまだ何も話してないぞ」
 グレインは、少し楽しそうな眼で、ロンガを見る。
「そう? じゃぁ、話してみるかい?」
「…………」
 ――本当に、どこまで知ってやがるんだコイツは……
「『七罪星』……って……知ってるか」
 堅い口から、音が、言葉と成って流れ出す。
「『七罪星』!?」
 されど、その言葉に驚きの声を上げたのは、アイアの方だった。
「ん? なんだ、お前も知ってるのか?」
「知ってるも何も……ねぇ?」
 そういってアイアは父親の方を見やる。
 グレインは、一口、紅茶をすすってから、話し始める。
「“七罪星”、ってのは、簡単に言えば傭兵団みたいなものなんだ」
「傭兵団…………」
「ただ、普通一般と違う、特異な点として、ソレを構成するメンバーの九割九分が異能者……つまりは、“精霊憑きスピリウル”や“魔法使いウィザード”なんだ」
「異能者だらけの傭兵団……?」
 ロンガの言葉に、グレインはコクリと頷いた。
「もちろん、と言っていいのか分らないが、その特異性故に、マトモな傭兵団の仕事だけじゃなく、『“人間”の手に負えなくなった怪物の始末』、『同じく“人間”の手には負えない異能者の犯罪者の始末』なんかも、依頼を受けてるみたいだね」
「ハ、つまり、異能者をつかった“何でも屋”ってところか」
 苦々しげに放たれた、ロンガの呟きに、
「はっはっは! その通り!」
 快活な調子で、グレインは言葉を返す。
「でもね、ロンガ君、今言ったようなことは、この町の人間なら誰でも知ってるコトなんだよ」
「なに……?」
「それくらい有名なのよ、この街じゃね。
 って、じゃあ、あのキロって奴は『七罪星』のメンバーだったんだ……」
「ん、言ってなかったか?」
「聞いてないよ?」
「あれ……マジか」
 ロンガとアイアのやり取りを、グレインは柔らかな笑みで見ていた。
 それとは対照的に、ロンガがグレインへと向けた視線は、鋭く冷ややかだった。
「で? お前は、本当にオレの目的が分かってるのか?」
「イミル・ルカーソン」
「――――!!!」
「…………?」
「君はこいつを探してるんだろう?」
「………………」
 広い部屋に、沈黙が降りる。
「それがロンガの……復讐の相手?」
 それを破ったのはアイアだった。
「……キロから聞いたのか」
「たしかに、直接聞いたのはキロ君からだけど、それをキロ君に教えたのは本人みたいだね」
「ハ……全く……どういうつもりか分らんが」
 そういいつつ頭をかきつつ、ロンガは椅子から立ち上がる。
「その『七罪星』、アジトみたいなところがあるんだろ? 場所を教えてくれ」
「アジトって、ロンガ、今から行く気?」
「ああ。もう行ってみるしかないだろ」
「ちょ、ちょっと待ってよ、それで――――」
「まぁ、ちょっと待ちなよ、ロンガ君」
 あくまで軽い調子で、グレインが言う。
「アイア、君は『七罪星』のアジトの場所を知ってるのかい?」
「うっ……」
「しらねぇのかよ……」
 ロンガはピシャリと、自分の額に手を当てた。
「それに僕は……」
『ちょっと、やめなよリックス!!!』
『うるさいキアラ! やると言ったらやってやるんだ!!!』
 ドアの向こうから、唐突に聞こえてくる、大きな声。
「なんだ……?」
     がちゃぁ!!!
 と、大きな音を立てて、扉が開いたかと思うと、部屋の中に、アイアと――いや、キアラと同じ髪の色をした、青年が乗り込んできた。
「リックス! お客の前だ、おとなしくしてなさい」
 リックスと呼ばれた、その青年の耳には、グレインの言葉は入っていないらしく、素早く、部屋の中にいた三人――すなわち、ロンガ、アイア、グレインの顔をそれぞれ一瞥すると、
「お前か、ロンガ・シーライドってのは」
 そう言って、腰に差していた剣を抜き放ち、切先をロンガに向けた。
「ん……? なんだ、オレに何か用かよ」
 そういうロンガの口元はうっすらと、笑みを形作っていた。
「(ロンガ……楽しそう……?)」
 アイアが感じたその微妙な違和感も、次の瞬間には驚きによって上書きされる。

 
「ロンガ・シーライド。僕と決闘しろ」

 

 

 
                              第六閃――END――

 

 

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