【精霊憑きと魔法使い】第五閃

 

『揺れる夢と極寒の魔法』

 
 私の髪は、軽い癖毛で、毛先が軽くはねている。
 妹の髪は、羨ましいぐらいにストレート。
 姉の髪は、私よりもっと癖が強くてボサボサだ。
 
 それでも、髪の色合いは、若干の違いはあれど、みんなほとんどおんなじで。
 性格も違う三人で、顔以外で似ている所はそのぐらいしかなかった。

 
 けれどそんなもの、それで充分で。

 
 私はどのキョウダイも、そんなに好きじゃなかった。

 

 
     Ω     Ω

 

 
 川を下る船の上。
 耳を覆い隠す、白い髪を風になびかせながら、ロンガ・シーライドは船の手摺に体重を預けていた。
「(もうすぐだ……)」
 今までずっと、捜し求めてきた。
「イミル……」
 口にするのも忌々しいが、その名を口にすることで恨みを、怨みを、確かなものとする。
「イミル・ルカーソン……」
 会える確証は無い。けれど、予感はある。
「ロンガさん?」
 背後から声。振り返れば、キアラがいた。
 旅の連れ、アイアの妹。
 実際、アイアとキアラはよく似ている。
 多少、アイアのほうが背が高く、お互い腰まである髪の毛を、アイアは纏め上げてポニーテールに。キアラは切りそろえてさらりと流している。
「なんだ。アイアはどうした?」
「え~っと、あのバカ姉ぇ、ちょっと酔ったみたいで、船内で休んでます」
「ハ、そうか……」
キアラには、ロンガの顔が心なしか、青ざめているように見えた。
「ロンガさん?気分でも……」
 遮って、ロンガは、
「ああ、いや、だいじょ……う、ぶぉおえ゛ぇえぇええぇぇぇ゛……」
 吐いた。
「え、ちょ、ロンガさん!??」
 手摺から身を乗り出し、川に向かって吐く。嘔吐する。吐く。
「お、おえっ……カ、は。う、げぼぁっ……おえぇえぇ……」
「だ、大丈夫……ですか?」
 キアラが背中をさすり、心配そうな声を向けてくる。
「はぁはぁ、はぁ……。……ぐむっ、ご、おえ゛ぇぇぇえぇぇ」
「まだ吐く!?ホント大丈夫ですか!?」
 ロンガは船が苦手だった。

 

 
     Φ     Φ

 

 
「あはは、なるほど、『船』って聞いたときに、慌ててたのはコレかぁ」
「うえぇ……ぎもぢわるい…………」
 船内ロビーに並ぶ長椅子の上で、ロンガは寝転んでいた。船内にいる他の客がたまに視線を向けてくる。
 一方、アイアは気分がよくなったようで、笑顔でロンガの隣に座っている。
「アイア姉ぇ、笑い事じゃない。
 ロンガさん、はい」
 と、キアラが水を持ってきた。
「ハ、悪いな……」
 水を受け取り、一気に飲み干す。
「なんで、酔うって言わなかったのさ」
「いや……船なんて久しぶりだからな……」
「まさかここまでとは思わなかった?」
 アイアが言葉足らずなロンガの台詞を補足する。
「ああ……」
「(こんなに元気の無いロンガ始めてみた……)」
「……まだヒフトフまで結構ありますよ、頑張ってくださいね……」
 キアラが気遣うように言う。が、それはロンガにはキツい言葉にしか聞こえなかった。
「ハ……マジか……」
 天井を仰ぎ、大きく溜息をついた。
「しばらく寝てたら?」
「……ああ……悪いが、そうさせてもらえるか」
 アイアの提案に、力なく頷いたのだった。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
 夢を、見た。流石に、昨夜見た夢の続きなんて、見れる筈がないと思っていたが、しかし。見たのだ。

 
 上下左右三百六十度真っ白の部屋……いや、部屋なのかどうかも怪しい空間。
 白色がまぶしすぎて、壁への距離どころかその存在すら判らない。
 その、しろい部屋の中心に、オレは居るようだった。なぜか、自分の居る場所が中心だということには確信を持てた。
「ハ、前と同じ……か」
 オレの、精神世界。意識と無意識の狭間の、カタチなき世界。

 
     「やぁ、来たね」

 
またも背後から。
 誰かは考えるまでもない。あの子供だ。
  クスクス
 前と同じ笑い声。
「ハ……前回、ものすごく中途半端なところで眼が醒めちまったからな……」
 振り向いて、子供のほうを見る。
 前と同じ、薄緑の服、頭を覆う服より濃い緑の帽子。
「確か……お前に勝てば、お前が何なのかも、オレが無意識に閉ざしている記憶とやらも、教えてくれるんだっけ?」
  クスクス
 さっきより大きな笑い声。
「なにをいってるんだい?ロンガ・シーライド。そのどちらも、ボクが教えるんじゃないよ」
「…………」
 オレが沈黙を挟む余地を作ってから、子供は告げるように言う。
「キミが。自分で。気付くのさ。
 まぁ、そのうち一つはすぐにでも理解できると思うけど」
 オレの記憶を映し出す、色のついた球は、そこかしこに浮かんでいる。
「……で?『勝つ』とか『負ける』とか言うんだから、何かしらで戦うんだろ?」
 何で戦うつもりだ?
 取っ組み合い……じゃぁ、オレに分がありすぎる気がするが。
  クスクス……
 子供の笑い声。嘲笑にも聞こえた。
「本気で言ってるの?」
 え…………
 子供の右腕が鋭く、光を放ち始めた。
 まさか……
「『戦う』んだから、これしかないでしょ?」
 常識を破壊する、魔力。
 そのもっとも単純かつ、もっとも純粋かつ、もっとも強力な使用法。
 それすなわち――物質の生成。
「【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】……だと!?
 その形状、その大きさ、見間違うはずがなかった。
「ホラ、キミも出しなよ。自分の“神器スキル”だろ?」
 …………!!
 ハ、いいだろう。やってやる。
 左手を強く握り締め、今まで、幾度となく振るってきた、その剣をイメージする。
「“神器スキル”発動……【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】」
  クスクス
「そんな眼で睨んで……そんなにボクが、神器スキルを使うのがおかしいかい?」
 言われるまでもない。
 自分の顔が怪訝に歪んでいることは自覚している。
「ハ、まぁな……そりゃあ、“精霊憑きスピリウル”の能力は遺伝するし、そうでなくとも、全く同じ神器を持った奴がいないわけじゃない。
 ……それが分かってても、やっぱり気に入らないんだよ……!!!」
 それは、オレの剣だ!

 
床を。どこまでも続く、白い、存在感のない床を蹴って飛び出した。
「おおおおおおおおっ!!!」
  クスクス……
 子供の、余裕の笑い声。
 オレが横に振った剣を、ふわりとした動きでかわす。
「「風絶――――」」
 二人の声が重なった。
「「一閃!!!!」」
  ガァアアッ
 音を立てて、相殺される風の刃。
「…………!! 風絶一閃まで真似できるのか!」
  クスクス
「真似?真似……ねぇ。
 ヒドイなぁ、あの時からずっと一緒なんだから、ボクも知ってて当然だろ?」
「あの時……?何を……」
 ……!!!
 そのとき、オレの眼に入ったのは、一つの“球”。その“球”に映し出されたのは――
「やめろぉっ!!!」
 剣を振り回し、“球”を掻き消す。が、またすぐに浮かんできた。
 同じ、“球”が。
「くっ……!!」
  クスクス
 子供は笑う。嘲る。
ソレは、キミが忘れたくても忘れられない記憶。封じ込めた記憶とはちょっと違うね」
 はー……、はー……。
 今のは……そうだ……この時から……。
「何をぼさっとしてるの?」
 ――――!!
  ガキィィィィン
 今度は剣と剣の直接のぶつかり合い。
 二回。三回。四回。幾度も。大きな剣が幾度もぶつかり合う。
「お前は!」
  ギィン
「あの日から!」
  ギギッ
「「おおおおおっ!!」」
 ひときわ大きなぶつかり合い、そこから鍔迫り合いになる。
「くっ……!?」
 あろうことか。体格からしてオレに劣るはずの子供が、オレと、互角の鍔迫り合いを演じていた。
「クスクス……。気付いたかい?
 僕の存在を、認めるかい?」
 …………!!
 後ろに跳んで、距離をとる。
「お前が……あの日から、オレの“中”にいるなら…………」
 だが、そんな馬鹿な。コイツらは――存在しないはずだ―― だが――――
「お前は……」

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
  ス――――……ス―――――……
 あれから。ロンガは、完全に眠ってしまった。
 警戒心ゼロ、だ。
 しかし……
 横で椅子の上に丸くなるロンガを見る。
 しかし……これは……
 顔が火照ったのが自分でもわかった。
 これは…………
「アイア姉ぇ?どうかした? 顔赤いよ」
 キアラの声で、思考が寸断された。
「ふぇ、あ、いや、なんでもないよ」
「ふ~ん……」
「な、何よ……」
 キアラが悪戯っぽい笑みを浮かべる。この子がこういう顔をするときは、本気で面白い悪戯を思いついたときだ。
 ただ、その悪戯が、キアラ以外にも面白かった例はないが。
「アイア姉ぇってさ――――」
  ゴクリ
 自分の唾を飲む音が聞こえた。
「ロンガさんのコトs――――」
  バッ!
「………………!!」
 反射的に。杖を、キアラの目の前に突き出していた。
「そ、それ以上言ったら……凍らす……!!」
「アハハ、顔真っ赤だよ、アイア姉ぇ」
「くっ……!」
 溜息をつきながら、椅子に深く腰掛ける。
「……そういえばさ、キアラはなんでファフロットにいたわけ?」
「なんで、って……そりゃ、あんたを連れ戻す為でしょ」
「そんな、いつ来るかもわからないのに、ずっとファフロットに?」
 すると、キアラはさも当然のように、
「お父さんが『どうせアイアのことだから、しばらく迷子になった後近くまで帰ってくるだろう』だって」
 あのオヤジ……!!
 『近くまで』が、実際の距離的にはそんなに近くない辺り、信用の低さを感じる……
 仕方ないんだけどね?
 急速に戻ってきたことを後悔した……
「そんなわけで、そろそろ頃合かと、探しに出てたわけ」
 なるほど…………
「あ、そうだ」
 何か思い出したのか、キアラが声を上げた。
「ん、どうしたの?」
 その顔は、満面の笑みだった。サディスティックな方向に。
「アイア姉ぇ、リックスとティレイ姉ぇも会うの楽しみにしてるからね!」
「!!! わ……わす……っ……れてた……」
 頭が真っ白になって、そこに、二人分の顔だけが浮かんだ。
弟リックスと、姉ティレイ。
 私は、家が嫌いと言うよりは、この……
 キアラを含めた兄弟関係が、苦手なのだ。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
 なるほど……そうか……
「ハ、納得がいったぜ。
 お前が【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】を使えることも、お前がオレの精神の中にいることも」
  クスクス
「お前は、シルフ。
 風の精霊――風霊シルフだな」
  クスクス、クスクス
 子供の――否、シルフの笑い声が一際大きくなった。
「クスクス、そう!その通りだよ、ロンガ」
 満面の笑みで子供、いやシルフは言う。
「僕は風霊シルフ。キミに宿る風の能力の象徴、結晶、そしてソレそのもの」
「だが……“精霊”なんてモノは、在り得ないはずだ。
 全世界ひっくり返せば、オレ以外に風霊シルフ神器スキルを持ってる奴なんて、一人や二人じゃないんだろう?」
 とは言え『“精霊憑きスピリウル”の神器スキルは、同種、同列のものが発生する場合がある』というどこかで聞いたことを根拠にしてはいるものの、オレ自身、会ったことが無いから確証はない。
 目の前の精霊……子供は言う。
「それは、ボクの存在が、世間一般……普通に言われている精霊とは違うからだよ」
「どういうことだ?」
「言ったろ? ボクはキミの能力の結晶だと。
 つまり、キミの魔力の結晶。キミのイメージが魔力により、精神世界に具現した存在」
「そんな勝手な存在が在り得てたまるか。
 大体、なんでオレの“風霊シルフ ”のイメージがお前みたいな子供なんだ」
 すると子供は口を尖らせ、
「そんなの知らないよ。むしろボクが聞きたい」
「……そうか………… で」
 剣の切先を相手に向けると、チャキリ、と音が鳴った。
「まだ、勝負は終わってない」
「そうだね、でも……」
 そう言う、シルフの姿がぼやけだした。
「でも、そろそろ、時間切れみたいだ」
「なっ……!!!」
「クスクス、また今度だね。ロンガ」
「ふざけるな!!こんな意味のわからない夢、『第六閃』まで持ち込む気か!!!」
 前々から思っていたが、この小説、行き当たりばったりに書きすぎじゃないのか!
「キミが望むなら……また会えるよ」
 皦いセカイが暗転する中――――子供の後ろに浮かぶ“球”を見た。
――――――――――――
――――――――
――――

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
――――
――――――――
――――――――――――
 思いに反して眼は醒める。
 いつの間にか掛けられていた毛布を払い除けて、ロンガは起き上がった。
「あれ、あいつらはどこに行った……?」
 アイアとキアラの姿は、そこには無かった。
 船の中には他の客もいるため、割と騒がしい。
「(ハ、よくこんなところで寝てたなオレ……)」
 それほど体調が悪かったのだろうか。
 しかし今は幾分かマシだ。
 毛布をくるんでその場に置くと、おそらく外の空気でも吸いに行っているのだろう、アイアたちを探しに、ロンガは立ち上がった。
 ジッとしていたくなかったのだ。
 確かに船酔いは治まったが、胸焼けのような気分の悪さは、未だ続いていた。
 明確に思い出せる、あの夢のせいで。

 
果たしてアイア達は甲板にいた。
「あ、ロンガ!起きたの?」
「ロンガさん、気分はどうですか?」
 ほぼ同時に声をかけてくる二人。
「ああ、おかげさまで大分マシになったよ。
 しかし……随分寝てたみたいだな」
 ロンガは空を見上げた。
 西の空に少し茜色を残し、他は紺色に染まった空を。
「ええ、ヒフトフももうすぐですよ」
 ニッコリと、キアラが笑った。

 

 
     Φ     Φ

 

 
 キアラの台詞に、ロンガが安堵の溜息を漏らした、ちょうどその頃。
「ひ、ぎゃ、あぁああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!」
 深くて暗い、森の中。
 ダレかのヒメイが木霊した。
 地に這い蹲った、そのヒメイの主の目の前には。長身で、長い赤茶色の髪をもち、黒いコートに身を包んだ、女。
 その右手には、巨大な松明のように燃え盛る、大剣が握られていた。
「えーっと?なんだっけ、“七罪星”?
 『強い“精霊憑きスピリウル”がたくさんいる』?
 この程度で“強い”なんて、その組織も程度が知れるわね」
 嘲笑うかのような、否、実際嘲笑っているのだろう、そんな表情で、女は這い蹲る男を見下ろしていた。
「くっ……まさか、“火竜サラマンダー”キョウコ・フレアライズがココまでとは……」
「ああ、助けを求めても無駄よ。
 この辺には集落は無いし、もう一人の方も、今頃私の妹が相手してるわ」
  ギリ、と歯軋りの音。
「ふざ、ける、なぁっ……!!!」
 男は木に右手をついて、よろよろと立ち上がる。その身体は文字通り満身創痍。満身火傷。左腕は中間――手首と肘の間――から先が無かった。
「このオレサマが![憤怒]のラージアが!!こんなところで!!!」
 ラージアの残っていた右腕が光を放ち、“神器スキル”を生成する。
 が、それより速く、早く。
 【火竜の大剣ブレ-ド・オブ・サラマンダー】による、燃え盛る一閃が――炸裂した。

 
「お姉ちゃん、終わった?」
 背後の茂みから、キョウコの妹、メイコが現れる。ちなみに彼女は“魔法使いウィザード”だ。
「この人たち、なんだったんだろうね?」
 傍らに転がる、左腕の無い男をみて、メイコが言う。
「さぁ? でも、“火竜”とか言ってたし、私というよりは、私の能力が目当てだったみたいね」
「“四大精霊”がどうとかも言ってたよ」
「ん?誰が」
「私の戦った子が。まだ転がってるよ」
 後ろ、メイコが現れた方向の茂みを指差して言った。
「いろいろ聞き出したけどさ。ヒフトフに四大精霊の“精霊憑きスピリウル”集めて何かする気みたいよ」
 『何か』が何なのかまでは教えてくれなかったけど、と付け加える。
「フン、なんにせよ、私たちには関係ないわ」
 右手を開き、燃え盛る大剣を地に落とす――落ちきる前に、それは消滅した。
 それを見て、メイコがわざとらしくも思い出したように声を上げる。
「そういえば、さ……」
「?」
「“風霊シルフ”も四大精霊……だったよね?」
 キョウコの方を横目で見据えるメイコ。
「……何が言いたいのかしら……?」
 メイコは、屈託の無い笑顔を浮かべていた。

 

 
     Φ     Φ

 

 
ロンガ達がヒフトフの地を踏んだのは、日がのっとりと落ちてからだった。
「んっ……ん゛~」
 身体を伸ばすアイアを尻目に、ロンガは胸を抱えていた。
「……まだ気分悪いの?」
「……いや…………大丈夫……だ」
「さて、と」
 数歩前を行くキアラが振り返り、二人に話しかける。
「では、もう夜ですし、さっさと家に行きましょうか」
「うっ……」
 と、言葉に詰まったのはアイア。
 それを見てロンガは、
「お前が『帰る』って言い出したんだからな」
 と、言ってやる。
「!! なによ、まだ私何も言ってないじゃない!!」
「いや、帰るのが億劫になったのかと」
「……億劫にならない訳無いでしょ……」
 家を飛び出してきたのだ――当然である。
 しかし今は、戻らねばならない。
「(呪式魔導具ブラッドボックス…………、猫刀マオトウムラマサ…………)」
 右腕に変化するくろい箱型呪具、魔法的効果を持った刀に変身する猫。
 調べる必要が、ある。
「(キロ・ウッドビレッジ……オレをこの街に来させて何がある?)」
 教会の街セドソンで、廃村ディルズで、オレ達を、いやオレを導くような真似をして見せた男。
 少なからず、イミル・ルカーソンへの手がかりを握る男。
「(後で誰かに訊いてみよ……)」
「(お父さんなら、何か知ってるかな……)」
 二人の思考は、前を行くキアラが立ち止まることで、寸断された。
「ん?どうしたキアラ……」
 問いかけて、ロンガも異変に気付く。
 一目でそれとわかるほどの豪邸。その門の前に、黒い人影が二つ。
 十字架をあしらった黒い革のコート、同じく黒い革のマスク。
 見覚えがあった。
「キアラ……あれ……」
 アイアが震えた声を出す。
「うん……“断罪者”だ……」
 魔力や異能力を認めない教会。
 その中で、自らの能力を罪、もしくは神の為に奉げるべきものと考え、教会が危険と判断した“魔法使いウィザード”や“精霊憑きスピリウル”、場合によっては凶暴化した“怪物モンスター”等を削除する。
 そんな者達が、シルストーム邸の前にいた。
「とりあえず……様子を見たほうがよさそうね……」
 物陰に隠れ、断罪者二人を観察する。
「……不用意に出ていっても面倒なことになりかねんしな……ってか、何をやってるんだあの二人、さっきから全然動いてないぞ?」
 その二人は、お互い視線を合わせたり、辺りを見回したりしているものの、門の前からは動こうとしない。
「多分……待ってるんだと思います」
 キアラが言う。
「ん?待ってる?」
「あ~~~~~~……、アレか……」
 心底嫌そうな声で、アイアが言った。
「アレ?」
「まだ治ってないの、姉ぇちゃんの放浪癖」
 額に手を当てて、気だるそうに言う。
「え、姉ぇちゃん?放浪癖???」
 ロンガは困惑しっぱなし。
「治るどころか……アイア姉ぇが出てってからさらに酷くなったよ!」
 噛み付くように、キアラが言う。
「それ、私のせい!?」
「あ、コラ、大きな声を出すな!」
 ロンガがアイアの口を塞ぐが、もう遅い。 
「お前達、何をやっている?」
「ハ、ほら言わんこっちゃねえ……」
 見つかった。
「何をやっているのかと聞いている」
 ずい、と、詰め寄ってくる断罪者。
「くっ……」
「お前らまさか、奴の関係者……」
 数歩後ろにいたもう一人の断罪者が、そこまで言って、口を閉じた。とは言え、顔はマスクで覆われているので、ロンガ達には始めから口など見えないが。
「? どうした?」
 ロンガ達に詰め寄っていた方の断罪者が軽く振り返り、相方を見る。
「おい、お前、あれ……」
 指差す先は、ロンガ達遥か後ろ。
 そこには、白衣の女がいた。
 医者が着るような、丈の長い白衣。ボサボサ癖毛は顔の周りを護るようにうねり、その髪の合間から覗く眼は、暝い光を宿していた。
「でたな、ティレイ・シルストーム!!」
 断罪者が、声を上げる。
「シルストーム……!?」
「姉ぇちゃん!!?」
「ティレイ姉ぇ!!?」
 声はほぼ同時。振り向いたのも同時だった。
「ほほう……やはりアイツの関係者か……」
「よく見ればその杖、貴様も“魔法使い”だな?」
 断罪者たちがアイアの杖を指差して言う。
「「“神器スキル”発動!!」」
!!! こいつら、“精霊憑きスピリウル”か!!!
 一人目、わずかばかり背の高い方。
「【毒鳥の長槍スピア・オブ・コカトリス】ッ!!!
 長く、濃い紫色をした槍。幅広の刃には、派手な装飾が刻まれている。
 二人目、よりガッチリとした体格の方。
「【大蛞蝓の曲刀サーベル・オブ・マッドスラッグ!!!
 大きく手元の方へ反り返った鍔を持った、大き目の曲刀。その刃は、ぬめる液体で包まれているよう。
「ハ、ちょうどいい! 暴れたかったところだ!!」
 ロンガは凶悪な笑みを浮かべ、左手に魔力を込める。
「“神器スキル”発動!【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ!!!
 風を纏う左右対称の白銀の刀身。巨大なソレを、ロンガは片手で横に一振りした。
「ほほう、“精霊憑きスピリウル”だったか」
 曲刀を持ったほうの断罪者が驚いたように言った。
「……ロンガ、私も手伝う」
 アイアが杖を構えて前に出る。
「いや、いいさ、お前はキアラと……そこでさっきから突っ立ってる姉貴連れて離れてろ」
 振り返りもせず、空いた右手の親指で後ろを指して言う。
「でも……」
「庇い立てをするなら、容赦はせんぞ!!!
 いいか、その女、ティレイの魔法技術は、世界にとって非常に危険なのだ!」
「そうだ、それに今日は街中で魔法を使ったというではないか。
 教会は、ソレを見逃せないと判断した!」
「ハ!教会の言い分なんて知るかってんだ!
 聞く耳もたねえコトぐらい解るだろ!
 ゴタゴタ言ってねえでさっさとかかってこい!!!!」
 大剣ブレードと、長槍スピアと、曲刀サーベル。三つの魔力を持った刃物と、三人分の殺気は、その場の空気を沸騰寸前にまで高めていた。
「ひっ……なんか、いつになくロンガがハイテンションなんだけど!!」
「と、とりあえず、ティレイ姉ぇ連れて逃げよう、アイア姉ぇ」
 そのときだった。
  ゾク――――――――!!!
「――――――!!!?」
 背中に走る激しい悪寒で、ロンガは思わず後ろを振り返った。
 完全な隙。しかし、その隙を突かれる事は無かった。
 なぜなら、ロンガが振り向いたときには、その場にいた全員が、その悪寒を感じ取っていたから。いや、おそらく本当に、急激に気温が下がったのだろう。

 
Диски, как меня зовут и мою кровь, я уточнил льда, к нашим врагам, с тем чтобы вытеснить из вас.
〈我が名と、我が血を以って命ず。氷の精よ、我が敵を封殺せよ。〉

 
 詠唱される古代呪文。そして――――
「デッドリィ・フローズン」
 ティレイ・シルストームが、その魔法の名を呟く。
 その瞬間だった。

 
  パ、キィィイィィイィィィィィ!!!

 
「「「――――!!!!」」」
 ソレを目の当たりにしても。ソレは絶対在り得ないと、はっきり言い切れてしまう。
 それほどの勢いで、スピードで。
 アイアの姉、ティレイと断罪者二人の間の道が、空気すら巻き込んで、凍りついた。
 否、この場合逆かもしれない。直線上の空気が、周りのあらゆる物体を巻き込んで凍りついたのだ。ティレイ本人を除いて。
 ソレを僅かだが、早く察知したロンガと、ソレの正体を逸早く見抜くことのできたアイア、キアラは、範囲外にダイブするようにして難を逃れたが、断罪者二人は、完全に凍りついていた。
比喩ではなく。本当に。
「ハ…………な、何だ…………!!?
 魔法…………!? なの、か……?」
「……アレは…………確かに魔法ですが……私達の使う魔法とは魔法が違います」
 幾つもの巨大な水晶が、一瞬にして其処に現れたかのように、まるで其処だけが、極寒の世界に堕ちたかのように。
 風景すら完全に変えてしまう魔法。
「古代魔法…………」
 キアラからアイアへ、台詞は引継がれる。

 

 

 
     Ψ     Ψ

 
 
 魔法とは、“言霊による魔力の行使”である。
 本来魔力を扱う能力を持たない人間が、魔力を扱い人を襲う“怪物”や、“精霊憑き”に対抗しようと編み出した、特殊な魔力の使用法。
 それは、一定の言霊を含む“呪文”の組み合わせがキーになって発動する。もちろん、それだけで発動できるわけではないが。
 しかし、そういった仕組みが固定化され、それが“魔法使いウィザード”の間で常識として定着したのは120年ほど前の話。
 それ以前、特に“呪文の組み合わせ”による魔法ができる以前、今から300年以上前の魔法は古代魔法、と呼ばれ、消費する魔力量、強すぎる威力、長く複雑な呪文詠唱、どれをとっても馬鹿馬鹿しくなるくらいに扱いづらく、今ではそのほとんどが忘れ去られたという…………

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
「…………わかった?」
「……いつオレが、魔法についてのレクチャーを求めた?」
 ロンガは額を押さえて苦笑い。
「あれ?」 
「オレが言いたいのは、他人を巻き込むほどの魔法を、他人を巻き込みかねない放ち方して、悪びれるどころかずっとあそこで突っ立ったままの、お前の姉貴らしき人物は一体何なんだってことだ……!!」
「あはは……。ご明察の通り……」
 アレが私の姉です、と。
 アイアは頭を抱えつつ、空いた手でティレイを指差した。
「ティレイ姉ぇ!! なんてことすんのよ!!!
 危うく私たちまで凍死するところだったじゃない!!!」
 キアラが火のように怒り、ボーっとしていた白衣の女――ティレイに突っかかる。
「あれ~?キアラちゃん、帰ってきたの~?」
「今更気付いた!?我が姉ながら恐るべしっ……!!」
「んー……あぁ~、なるほど~」
 今更ではあるものの、説明を受ける前に状況を理解できたらしい。
「あはは、ごめんね~、つい周りが見えなくなっちゃって~」
 頭を掻いて、ニコリと笑う。
「それでも、あんな魔法撃つことないんじゃないの……姉ぇちゃん」
 そこにアイアが近づいてきた。
「ん?んん!? アイアちゃん!?」
 ティレイは不思議そうな顔のまま固まったかと思うと、ニパッと笑い、
「アイアちゃ~ん!! 帰ってきたんだ~!」
と言って、思いきりアイアに抱きついた。
  ぐりぐり、ぐりぐり
「ふぇ、あ、姉ぇちゃん!? ちょ、苦し……ロンガ止めてー!!」
  ぐりぐり、ぐりぐ……
「ん? ロンガ~?」
「ハ……今気付いたのか……」
 アイアを抱き締めたまま、顔をロンガのほうへ向けた。
「ん……」
 ジッと、ロンガの顔を見つめる。
「(なんだ……?)」
 じーっと、ロンガの顔を見つめる。
「…………」
じぃー、っと、ロンガの顔を見つめる。
 その間ずっと、アイアは抱き締められたままだった。
「だ……だから、くる……し……」
「えーっと、とりあえず、アイア離した方がいいんじゃ……」
「ん、わ!」
 開放されるアイア。
「ハァ……全く……。えっとね、ロンガ、この人が」
「ちょっとまって、アイア姉ぇ、ティレイ姉ぇ」
 さっきまで、哀れな動物を見る眼で姉達のやりとりを傍観していたキアラが、割って入る。
「とりあえず家の中入ろうよ。こんな魔法使って……面倒な人に見つかる前にさ」
 その台詞は、まるで地面から突き出した水晶の群れのような、氷を見ながら。
「ん、じゃ~、ちょっとまって~」
 そういうと、白衣の裾を翻し、凍りついた断罪者二人に近づいて行き、ポケットから、文庫本サイズの本を取り出した。
У меня рука штрафа подогревом тепла. Если мой голос был услышан, должны те, кто исцелился и выздоровел.
 〈我が声聞きし熱の精よ、その熱き腕にて彼らの身体を癒したまえ。〉
 一瞬で、これもまた在り得ないぐらいの速度で氷が溶け、どさり、と、黒いコートの二人が地に落ちる。
 その身体からは、白い煙か湯気のようなものが、音を立てて立ち昇っていた。
「うん! まぁ、これで死なないでしょ~」
「「「………………!!!」」」
 言葉を失う三人に、ティレイはボサボサの髪を掻き上げて振り返り、
「さ、じゃー家に帰りましょうか~」
 と、笑顔で言ったのだった。

 

 

 
                                      第五閃――END――

 

 

 

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