『魔法使いと故郷』
「猫が刀に?変身?」
先刻まで降っていた雨が嘘だったかのように晴れ渡った空の下、銀髪の“精霊憑き”ロンガ・シーライドと、ポニーテールの“魔法使い”アイア・シルストームは、廃村ディルズを後にするところだった。
「ああ、なんかこう……『メキメキ』っ……と……」
「その擬音でどう刀に変わったのよ」
「いや、ホントなんだから仕方ないだろ。そんなトコ文句つけられても」
「まぁ、いいわ。そうね……多分それは、“呪具”じゃないかな」
「“呪具”?」
「うん。正確には“呪式魔導具”って言って“魔導具”は、その名の通り魔を導く道具。“魔法使い”が魔法を使うために必要不可欠なモノなんだけど……」
人間は元来、魔力を扱えるようにはできていない。世界に溢れる、“常識を破壊する”エネルギー、魔力。それを何とかして利用しようと、先人が英知を働かせた結果が“魔法”という技術なのだ。
「“呪具”っていうのは、その存在自体が魔法のようなものなの」
ロンガは渋い顔。
「……解るように言ってくれ」
「つまりは、そこに在るだけで魔法のような効果や、能力を発揮する道具ってこと。
ロンガから聞く限りじゃ、“ムラマサ”という刀の形の呪具が、魔力の攻撃性質を変化させる能力を持っていた……ってことじゃない?」
「なるほど……でも猫に変身する刀……いや、猫に変身する刀か?そんなのあるのか?」
「同じ事二回言ってるよ!?『刀に変身する猫』ね。うーん……それも呪具の効果なのかもしれないし、別の何かがあるのかもしれないわね。(あの女の子が使ってたのも……確か呪式魔導具って言ってた……)」
「そこに在るだけで魔法……ねぇ……」
「精霊憑き“神器”も呪具に近いよ」
「なんか呪具って響きがなんか嫌だな……」
だが、その定義なら、神器もやはり呪具なのか。
と、ロンガが半ば無理に納得していると、
「それにしても、風を纏ったり魔力を吸収したり、精霊の能力って多彩ね」
と、唐突にアイアが言う。
「ん?ちょっと待て。お前、本当にオレ達が精霊を宿してるなんて思ってねえよな?」
「え!?違うの!?」
驚きの新事実。
「まぁ……覚醒と同時に自分の“神器”の能力や名前が自然と理解できたり、奇怪な能力を見てると、精霊がいるって方が説明がつくんだが」
そこで一度言葉を切って。
「表向きは、そうだな……それこそ、自分の魔力でその“呪具”とやらを生成しているに過ぎないんだよ」
「その能力の出所が精霊なんじゃないの?」
「ハ、魔力の影響で、凶暴化したり、異常な能力を持ってる動物を怪物っていうのは知ってるな?」
怪物。かいぶつ――化物。
大昔、世界に溢れた魔力で、そうなった動物や植物を、人間はそう呼んだ。
「しってるけど…………」
「それと変わらないんだ。通常種たる人間から異常に進化した怪物。それが“精霊憑き”だ」
ロンガは、少し心苦しそうに言い切った。
「……………………」
「ハ、精霊、ねぇ……」
呟きながら、ロンガは廃村ディルズでアイアと交わした会話を思い出していた。
Ж Ж
「ヒフトフ……って知ってる?」
アイアの口から出た名詞は、街の名前。
それも何の因果か、キロとかいう、よく分からん奴に『行ってみろ』とか言われた、その街だった。
「ああ……名前は聞いたことあるな。(ってか今さっき聞いたんだが)」
「それで、そこに連れてってもらいたいんだけど……」
「ん?いや、別にかまわねぇけど……」
何故急に? 言う前に、アイアが訳を語る。
「いや……なんとなく……というか、ロンガ風に言うなら気が向いたから、というか」
気が向いたから。体のいい言い訳ではあるが、ロンガ自身、多用するので追求もできない。
「で?じゃあ、行き先変更?」
「いや……ココからじゃ、直線でも距離があるし、一度ファフロットによった方が」
「……………………」
違和感。間違いなく決定的な違和感。
「お前――なんでそんなことが分かるんだ?地図もロクに読めなかったくせに」
「――――!!」
そうである。アイアには、方向感覚、というより、“目的地に辿り着く”という結果の為の能力が著しく欠けているのである。
「お前――――
「いや、大したことじゃないんだけど、一度家に帰って調べたいことができたというか、なんだかんだで近くまで戻ってきてるみたいだし…………」
「まだ何も言ってない。それどころか鍵括弧も括れてない」
少し間を空けて、ロンガは再度口にする。
「お前……少なくともヒフトフと、その周辺……多分ファフロットにも、行った事があるな?」
それも何度も、と付け加える。
少し迷ったように、やがて観念したように、アイアは答える。
「私……家出してきてるんだー」
決まり悪そうに、頬をかきながら。
「家出ですか……」
また、なんとも……
ポニーテール。方向音痴。家出少女。
「(ハ、なんかコイツばっかりキャラが濃くなってく気がするのは気に入らないなぁ)」
そんな感想を抱いてしまうロンガ。
「白髪、大剣、…………え~っと……」
「……勝手に人の心読んだ挙句思いつかねえのかよ!なんか傷つくなぁ…… しかも『大剣』はキャラ付けになり得るのか……?ってかそうだ、白髪って言うな!!」
「ツッコミキャラ?」
「なったつもりはねぇ!!」
Ж Ж
「うっひゃー、でっかー」
ファフロットは、大きな川が流れ、その恩恵で流通の中心として栄えた街だった。
「ハ、なんか、今までで一番都会だな」
今まで通ってきた森の終わり目、街の全貌を見ることができる崖の上で、アイアとロンガは肩を並べていた。
「さて……とりあえずココ降りねえとな」
ガザッ
「「…………」」
背後の草むら。何かの足音。
「……ったく……ココまで無事に来れたってのに……」
現れたのは。
《ブルル……ブルファアァアアアアア!!》
化けイノシシ。体中に骨の棘が生えた、異常なイノシシ。怪物だ。
「ああ、もう!!! なんて脈絡の無さだ!!」
嘆くロンガ。
「この作者は『伏線』って単語を知ってるのかな……?」
「知らなかったら小説書きとして失格だ!!!」
言うなり、ロンガはアイアを担ぐと、
「え、ちょ、何を!?」
「ハ、こんな奴こんなところで相手にしてらんねぇよ!!」
硬い地面を蹴って――
「ひゃっはぁあああああぁああぁあああ!!!」
「まじかぁあああああああああああああ!!!」
崖からダイブした。
「ちょっとロンガ!!宿の三階とは大違いだって!! “ぐちゃっ”て、“ぐちゃっ”てなるって!!」
「ええい!わざわざ太文字+引用符でグロさを強調するな!! この程度の高さなら原形は残る!」
「原形だけ残っても意味ないんだよぉ!!」
当然ではあるが。ロンガも残るのが原形だけでいい筈は無く。
「“神器”【風霊の大剣】!!!」
崖の壁面に突き刺された剣が、ガリガリと、ガリガリと、岩を削りながら、落下のスピードを緩めてゆく。
「………………」
「……で?」
宙ぶらりんだった。
右腕にアイアを抱えて、左手で大剣の柄を握り、ロンガは宙ぶらりんだった。
「『で?』もなにも……降りるんだよ」
「ふぇ、きゃっ!」
ドサリ、と地面に落ちる。
何のことはない。少しばかり停止位置が高かっただけである。
「よっ……と」
崖に足をかけ、剣を引き抜いて共に、地面に降りる。
「……ハ。やっぱそうなるか……」
ロンガの眺める魔力の結晶、風霊を宿す大剣の神器は、凄絶な刃こぼれをしていた。
「…………」
「……エイク・ウォク」
「ごふぁあ!!」
氷の塊が、ロンガの後頭部を直撃する。
振り向くとそこには、ふくれっ面で涙目になってへたり込んだアイアがいた。
「ハ……なんだ?」
頭を摩りながら、恐る恐る訊いてみる。
「……あんたねぇ!!
何も、あんな方法で逃げなくてもよかったんじゃないの!?」
「まぁまぁ、腰抜かしたまま涙目で怒られても……」
『可愛いだけで恐くないぜ?』そう言う前に口をつぐんでしまったのは、アイアの眼が鋭いプレッシャーを放っていたからでも、握り締めた杖に殺気を感じたからでもない。
「(オレ……絶対こんな軟派なキャラじゃなかった……!!!)」
「まったく……ツッコミキャラにあるまじき暴挙ね」
「いや、だからなったつもりは無いと」
「ま、いいや。ホラ、そんなトコで頭抱えてないで――って、ありゃ?」
「どうした?」
「……マジで立てない…………」
「…………」
ますます頭を抱えるハメになるロンガだった。
Φ Φ
一方――――
日の暮れかけたファフロット。
「……食いすぎだグラム」
「むぅ、もごまが、もぐ、そんな事むぐ……ない、むぐぐ……もん」
そういった少女の両手には、具を挟んだパンがまだ山ほど抱えられていた。
「それが食いすぎでなくてなんなんジャ……」
その台詞はグラムの足元から。
小さな翼と、二本の尻尾を持った黒猫、ムラマサである。
「それより、キロよ。ホントに今日の最終便なのか?」
ボサボサの黒髪をした男は答える。
「ああ……そろそろ出る頃だな」
「むぅ、もうちょっとゆっくりしたぁい」
「そうは言ってもなぁ……」
そのとき、後ろから、
「あ、あの、もしかしてっ」
「「「ん?」」」
声をかけられ振り向くと、そこには一人の少女。
「もしかして、旅の方ですか?」
「ん?まー、そんなところか?」
「あの、こんな人、見かけませんでしたか?」
そういって差し出した一枚の顔写真。
「「「!!!!」」」
「あの……どうですか?」
「……ん、ああ、ちょっとわからねえな」
「そうですか……」
「いや……まぁ、もうしばらくこの街で探してるといい。じきに見つかるさ」
「……?はぁ……」
「じゃ」
そういって去っていくキロ一行。
「あ、ありがとうございました!」
その声は後ろから。
キロは振り向かず、手を振って応えた。
「いやー、しかし…………似てたな」
「うん。にてたねー」
「ウム。髪形変えたらそっくりジャ」
「世間は狭い、とはこのことか……」
「しかし、何ゆえホントの事を言ってやらんのジャ?」
「ん……まぁ、なんというか、そんなに関わらない方がいい気がしてな……」
「それにどうせ、もうじき来るでしょー?」
「キロの誘導にあやつらが乗ってこればジャけどな」
「なぁに、絶対乗ってくる。今までアイツにとって手掛かりなんて無いに等しかったんだ。ここで乗ってこないなら――所詮その程度、ってことだろ」
「それにしてもさぁ、さっきの子……」
「ああ……」
「ム?」
「「絶対キョウダイだよな(ね)」」
Φ Φ
ロンガ達がファフロットに到着したのは、日が暮れた直後だった。
道中、アイアを負ぶったロンガが『重い』と口を滑らせ、後頭部に杖の打撃が決まること都合四回。
流石に四回目には、アイアもロンガの背から降りたが。
「……どした?」
傍らで頭を押さえてうずくまるロンガに声をかける。
「ハ……なんか、今回オレの扱いが酷い気がする……!! しかも後頭部ばっか……」
「気のせいじゃないの?」
「……はちゅ割方お前のせいだよ!!!」
「八割方、ね」
ちなみに残り二割は作者のせい。
「一割は自業自得だと思うけど……
と、まぁ、宿探すなら早くしないと、野宿だよ」
「ハ、昔なら野宿が当たり前だったがな」
「…………」
夜、とは言え、未だ人通りの絶えない時間。
街の通りを二人は歩く。
珍しくも、アイアが前で――
「ねえ、ロンガはさ、誰か……人を探してるんだよね」
「……ああ。正確には探し出して、そして、殺すんだ。今までソイツに対する怨みだけは忘れたことが無い」
「ふーん……やっぱり、それは忘れられないの?」
「あたりまえだ。何の為に今まで――ここまで来たと思ってる」
「でも……なんか淋しいよ」
「……お前は?何の為に旅……家出なんてしてたんだ。しかも半ば強引にオレについてきやがって……」
アイアは軽く笑って振り返り、
「迷惑だった?」
と言う。
「……いいや」
笑い返すロンガ。
「ふふ。んー、まぁ……実は私も人探しなんだけどね」
「ん、そうなのか?」
ロンガの応えに、
「確かに家も大嫌いだけど」
そう付け加える。
ロンガにはそちらの方が本音に思えた。
「…………」
前を歩くアイアの顔は、ロンガからは見えない。
「……あ!!」
「!? どうした!?」
もう一度振り返ったその顔は、苦笑いだった。
「……ココ、どこかわかる?」
Ψ Ψ
夢を、みた。といっても、夢だと判ったのは当然、夢が覚めた後のことだが。
上下左右三百六十度真っ白の部屋……いや、部屋なのかどうかも怪しい空間。
白色がまぶしすぎて、壁への距離どころかその存在すら判らない。
その、皦い部屋の中心に、オレは居るようだった。なぜか、自分の居る場所が中心だということには確信を持てた。
「なん……だ?何処だココ……誰もいないのか……?」
「いるよ」
「――――!?」
背後から声。振り返ると、子供がいた。
薄緑の服を着て、耳まで覆い隠す布の帽子をかぶっていた。性別は――わからない。
クスクス
その子供が、こちらを見て笑っていた。
「誰だ?お前はココが何処か知ってるのか」
クスクス……
笑い声。
「『ココが何処か』だって?それはキミが一番よく分かってるはずだよ、ロンガ・シーライド君♪」
今思えば何故なのか。この子供がオレの名前を知っていることに、そのときは何の疑問も抱かなかった。
「…………じゃぁ、お前は、誰だ?」
「それも」
子供は笑う。
「キミがよく知っているはずだよ」
子供との距離は少し遠い。けれどはっきりと、声は聞こえていた。
「…………」
少し考えて、次の問いを口にする。
「ココから、この部屋から出るにはどうしたらいい」
クスクス、クスクス……
子供の笑い声が大きくなる。
「このセカイから出る?何を言ってるんだキミは」
嘲るように子供は言う。
「なにも解ってなかったの?薄々感づいてるんだろ?ただはっきりとは認識できてない」
「……? 何を言って――――」
そのとき、視界に入った“何か”。
球形をした何かは、宙に浮く穴のようにも見えた。真っ白のセカイで、オレと子供以外に、ソレだけが色を持っていた。
「よかった、戻ってこれたよぉ~」
「何、涙目で『奇跡が起こった』みたいな顔してやがる。普通だバカ。……まぁ、お前にしたら奇跡か」
「これは……確かディルズの……」
その“何か”は、アイアとの会話――記憶を映し出していた。
気付けば、そこらじゅうに、色のついた球が浮かんでいた。
「あたりまえだ。何の為に今まで――ここまで来たと思ってる」
「でも……なんか淋しいよ」
「これは……ココは……」
「そう。ココはキミの精神世界。意識の底にある、カタチの無いセカイ」
「…………お前の後ろにあるのも……」
子供の後ろに、幽かに、いくつかの球が見える。
「あれは……」
その球に、その子供に近づく――が。
「なんだ……!?」
一歩、また一歩と近づいても近づいても、その子供との、その球との距離は縮まらない。
「言ったろ?ココは意識の底のセカイだと。
意識の底ってコトは、浅い無意識でもあるんだ。主導権は基本キミの意思にあるけれど、キミが本当の無意識下においているモノはその例外なんだよ」
「何なんださっきから!!他人のコトを知ったようにペラペラと……!」
…………!!!
「待て……何でオレの精神世界で、オレのまったく知らない奴がいるんだ……」
クスクス
「さっきも言ったように、ココは意識の中でも無意識に限りなく近い領域だからね。
ボクも、キミの無意識下の産物なんだよ」
「別の人格……か、なにか……か……?」
子供の目は、少し悲しそうだった。
「そんな安いモノと一緒にしないで欲しいな…… ま、ボクも存在を忘れられたままなのは気に入らないし。知りたいんだろ?無意識に封印した、自分の記憶を」
後ろに浮かぶ例の球体を指差して言う。
「…………!!」
「ボクに勝てたら、教えてあげる」
Ψ Ψ
――――――――
――――――――――――
――――――――――――――
朝。空は曇り。
「う、ふあぁあ~~~~」
木賃宿の粗末な寝具のせいか、身体が少し痛い。背を伸ばせば、ペキペキと音が。
何か夢を見てた気がするんだけど、なんだったかなぁ……
「あれ、起きてたの?」
開いた窓から外の街を眺めていたロンガに声をかける。
「ん、ああ……」
応えつつも、窓の外から眼を離さない。
「何か面白いものでも見えるの?」
「ん、ああ……やっぱ都会だな。
こんな時間から外に人がいる」
「ああ、朝市でもあるんじゃない?」
「『あるんじゃない?』って、お前、この街には来たことがあるんだろ?」
「んー、でも久しぶりだしなぁ」
いや、ホント久しぶりなんだよね。
すると、ロンガは思案顔で言う。
「ここからヒフトフまではどれくらいなんだ? 地図を見る限りじゃ、まだ大分距離があるだろ」
「船で川を下るんだよ。時間的にはそんなにかからないよ?」
「なっ!ふ、船ぇ!?」
!!!!
それは、思わず身を縮めてしまうような大声だった。
「何、どうしたの、大きな声出して」
「ハ、な…にゃんでもねえよ……」
その程度の台詞で噛む辺り、絶対なんでもなくないだろう。
「って、そういや船っつっても、金とか大丈夫なのか? メイコ達から貰ったのも、そこまで多くは無いだろ」
「……・・・・・・」
「おい、ちゃんと中点は三点リーダに変換しろ」
「……一話目は中点のままだったじゃない」
「過去の話を蒸し返すんじゃねえ!
あんときは、作者も無知だったんだよ!」
じゃぁ直せばいいのに、作者。とは、口には出さない。
何だか解らないけど、誰かが『それは言わないお約束だ』とか言ってる気がする。
「ハ、それは作者本人だ…… 多分面倒臭いだけなんだろうけどな!」
そうじゃなくて、とロンガは続ける。
「だから金は足りてるのかってことだよ」
「別に豪華客船に乗るわけじゃなし、たいした額にならないよ」
要は川を下ればいいのだから、小さな船を借りるだけでも事足りる。確か半日ぐらいで着いた筈だ。
Ψ Ψ
ヤバイ、一人称視点書きやすい……かも。
しかし、この作品は“基本三人称”と決めているので、そろそろ人称を戻すとしましょう。
「必死だね作者」
「ああ……必死だな」
そろそろ日の昇りきる頃。
二人は宿を出て街を歩いていた。
ちなみに必死なのはギャグ方面。
「で、どうするよ、とりあえず船着場か」
「そうね……そろそろ、ボケツッコミの関係をはっきりさせたいわね」
「何の話をしている!?」
見れば、アイアは何か物思いにふけっていた。
「もっとこう……完全に“ボケ”か完全に“ツッコミ”か、どっちかのキャラがもう一人いればうまくいく……と、思うんだけど、どう?ロンガ」
「だから何の話をしてるんだお前!
この作者の実力じゃ、どうせ中途半端なキャラしかできねーよ!!むしろ無駄に人数増やすな、収拾がつかなくなるだろ!!」
「『ふやすな』と、私に言われましてもですね」
なぜか敬語だった。
そのとき、アイアは、街を行く人の群れの中に、何かを見た。
それが何だったのか、ロンガには分からなかったが――
「ロンガ!ちょっと走ってくる!!」
「ハ、はぁ!? いきなり何を……!?」
真剣、というよりも、非常に焦っているような顔。
「あっ!ちょ……」
走り去るアイア。ロンガならば、本気どころか軽く走れば追いつける筈だが、あまりに突然の行動だった為か、ただ呆けていることしかできなかった。
「――――――――…………」
思考停止。
いくらか呆然として、呟いた独り言。
「欲求不満…………か?」
大きく溜息をついて、空を見上げる。
「あ、あの、もしかしてっ」
と、声をかけられたのは、まさにそんな時だった。
Φ Φ
「はぁ、はぁ……」
アイアは路地の壁に手をついて、息を整えていた。
「馬鹿な……なんで、なんで……はぁ」
杖で身体を支え、長く息を吐く。
全力疾走だった。
「なんで、キアラがいるの……」
嘆くようにアイアが呟いた言葉は、弱々しく、風に流されていった。
Φ Φ
キアラ・シルストーム。
ロンガの横にいる、アイアより頭一つ――ロンガからすれば頭二つ――背の低い、髪の長い少女は、そういう名前らしい。
で、何故そのキアラがロンガの前ではなく横にいるのか、だが、キアラが若干挙動不審気味にロンガに声をかけた後、
「こんな人、見かけませんでしたか?」
と言って、差し出した写真に写っていたのは、見覚えがあるどころか、今さっき猛ダッシュで消えていった旅の連れである。
「ハ、なるほど、アイアの妹か」
そんなわけで、その旅の連れとの関係を訊いたり、軽い自己紹介などした流れで、当のアイア・シルストームを二人して探すことのなったのである。
「つまり、家出した姉貴を探しに出てきた、というわけだ」
「ええ、そうです。まったく、何も言わずに家を飛び出して……
でもよかったです、えっと……」
「ロンガ、な」
「よかったです、ロンガさんと会えて」
「ハ、まぁ、肝心のアイアには逃げられたわけだが……逃げるようなことなのか?」
キアラに声を掛けられて気付いたが、アイアはおそらく、街の人ごみの中でキアラの姿を認め、反射的に逃げ出したのだろう。
「でも、逃げること無かったんじゃないか、あいつ……」
「そうですよねぇ?話を聞く限りじゃ、家に帰ろうとしてるんでしょ?
実の妹の姿見て、声かけるよりも逃げるって……」
「(なんだろう、コイツ、詐欺師か偽善者かの匂いがする)」
ロンガがそんなことを思っていると、キアラからじっ……と、見られていることに気付いた。
「……………………」
「いえ、お姉ちゃんが
「まだ何も言ってねえ」
さすがに、鍵括弧ぐらい括らせてやるべきだったか。
と、勇み足なツッコミを反省する。
その辺り立派なツッコミキャラである。
「で、お姉ちゃんが何だって?」
「え、あ、いえ、単純に、お姉ちゃんと一緒に旅をしてるって言うから、どんな人なのかなーと……」
「ハ、まぁ、考えてみりゃ、明らかに怪しいよなぁ。銀髪の青年だぜ?」
もちろん『銀髪』のところに力を込めるのを忘れない。
「いえ、そういうことじゃなくて――――
って、ちょっと待ってくださいね?」
言って、キアラはすたすたと、流れてくる人込みをかわして、道の反対側の路地へ向かう。
「……?」
待っていろ、と言われてもどうしようもないので、ロンガもついて歩く。
果たしてそこにはアイアがいて――ロンガが「さすが妹。姉探しはお手の物か」などと、感心したのも束の間――
パァァアン!!!!
「こったらところで、何晒しとんじゃ、アイア姉ぇえぇえええ!!!!」
思いっきり、アイアの頬を、実の姉の頬を張った。
「ひぃいぃいぃぃ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃいぃぃ!!」
「ええぇえぇえええ!!!?」
驚きはしたが、ロンガは同時に納得もした。
さっき感じた、キアラの胡散臭さは、コレだったのか、と。
「アイア姉ぇが家でてったせいで!!あたし達がどれだけ苦労したか分ってんのかぁあああああ!!!」
「ごめんなさいごめんなさい!!
ってか、ロンガ、これ止めて!!」
悲痛な叫びを上げるアイア。
それもその筈、キアラに胸倉を掴まれ、今にもボコボコにされそうなのだ。
「ハ、ああ」
ロンガは、柔らかな声色で、それこそ子供をあやすような声で、キアラをなだめる。
「キアラちゃん、ホラ、落ち着いて。ここで殺したら家まで連れて帰れないよ?」
「いずれ殺されるの、私!!?」
「あ、そっか。ありがとうございます、ロンガさん」
「ああ、ツッこまずにお礼言いやがったこの妹……」
今度は、アイアが頭を抱える番だった。
Φ Φ
キアラについて、分ったことは三つ。
一つは、キアラは超のつく猫かぶりだということ。もうとっくに露見しているというのに、ロンガに対しては、未だ敬語でおとなしそうに話しかけてくる。
二つ目は、口に出さなくとも、アイアを心配していたのだろう、ということ。
もう一つは、これはアイアにも関係があることだが、シルストーム家は、富豪じみた金持ちの家だった、ということ。
そして。
キアラが現れて、アイアとロンガの旅路に影響が出たことは二つ。
一つは、アイアの顔が少し憂鬱そうになった、ということ。もっとも、勝手に飛び出してきた家に、もうすぐ自分から帰ることに、少なからず気が進まないのもあるのだろうが。
そしてもう一つは。
ヒフトフへと、川を下るために乗る船の代金の心配が要らなくなった、どころか、“豪華”までいかなくとも、しっかりとした客船に乗れたことである。
「アイア姉ぇ、家帰ったら、お父さんとちゃんと会ってね?」
その声には、ドスが利いていた。
ロンガからはその顔は見えないが、背後からでも充分、黒いオーラがうかがえる。
「は、はい……」
「ロンガさんは、お客人としてあたしが話をつけますから。ご心配なく」
一方、ロンガに向けられた顔はカラリと、晴れやかだった。
「ハ、ありがたいな」
こうも、同じ空間にいる人間に対して、全く違う話し方ができるものなのか。
「でも、いいのかアイア」
「ふぇ?」
「妹がいるってコトは、別にオレがお前を連れてく必要は無いぞ?」
「何言ってんの、あんたもどうせヒフトフに行くんでしょ。ていうか……」
そこまで言うと、アイアはロンガに詰め寄り、キアラに聞こえないよう、声を潜め、
「私をキアラと二人っきりにする気!?
絶っ……対、嫌よ!!」
と、後ろのキアラをこっそり指差し言う。
「(仲悪い……のか?)」
船は川を下り、ロンガとアイア、そしてキアラの三人は一路、ヒフトフへと向かう。
Φ Φ
「……よかったですかね、“風霊”以外にも、“オマケ”がついてくるみたいですが」
ヒフトフのとある洋館の中。
キロは、目の前の椅子に座る男と会話をしていた。グラムとムラマサの姿は、無い。
「かまわないさ」
座ったままで、男は言う。
「その“魔法使い”が、グラムちゃんを退けるくらいランクの高い者なら寧ろ大歓迎だ」
ギシリ、と椅子が鳴る。
その男の身の丈は、キロを遥かに超え、その筋肉は、服の上からでも威厳にも似た存在感を放っていた。
「……直接会ってみて、ハッキリしましたよ…… 聞かされたときは、正直冗談だと思ってた」
「ん?何のことだ?」
「あんたが、アレの――――」
父 親 だ っ て 話 で す よ 。
大男、イミル・ルカーソンは、邪悪な笑みを、浮かべていた。
第四閃――――END
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