【精霊憑きと魔法使い】第三閃

 

第三閃『黒猫と精霊憑き』

 自分は捨てられたのだ、と思った。
 このくだらない能力を持つ前のことは思い出せない。
 多分……非力な怪物モンスターだったのだろう。
 その非力さゆえに、バカな人間どもに捕まって、なにやら実験台にされたようだ。
 消毒液の匂い。白衣の人間。目に映る手術道具、魔術道具。
 死に逝く同類たち……
 ロクな餌も貰えず、自分もすぐ同類たちと同じところに逝くのだと思っていた。
 しかし、
「ったく……此処の奴らは……
 おい、大丈夫かお前」
 予想を裏切って、差し伸べられた救いの手。
 だから。
 そんな馬鹿者の力になれるのなら、

 自分の……小生の、このくだらない能力も悪くない、と思った。


     Ω     Ω


  がさがさ、ガサ
「え~っと……」
 セドソンからいくらか道を行った所で、アイアは荷物を漁っていた。
「……何をしてるんだ?」
 アイアの後ろの木の、さらに後ろから現れたのは白い髪、白い肌、白い服の少年、ロンガ。
「んー、探し物……あ、あった!!」
 アイアが荷物の中から引っ張り出したのは水晶のネックレスだった。
「ああ、それか。
 そういや着けてたなそんなの」
「ふう……火事で燃えてたらどうしようかと思った……」
「大切なんだな」
「うん。宝物なんだ――って、着替えた?」
 アイアがやっとロンガの方へ振り向くと、彼の服装は若干だが、前と違っていた。
「ハ、まぁ、せっかく貰ったし、前のはボロボロだしな」
 ロンガの着ていた、白い半袖の服は、戦闘やら火事の建物への特攻やらで、ぼろきれに近い状態になっていた。
 それを見たメイコやキョウコが仕立ててくれたのだ。色は結局白だが。
「う~ん……長袖ってあんまり着ないんだよな……寒いの平気だしな……」
「でも似合ってるよ?
 それにしてもいろいろ貰ったね」
「ああ、そうだな……」
 ロンガ達がキョウコ達に貰った物は服だけではない。
 食料や貨幣、その他色々、である。
「で、次はドコ行くんだっけ?」
「とりあえずこのまま行けばファフロットだな」
「ファフロット?」
「ああ、ぶっちゃけ次行くトコ決めてなかったからな……メイコが勧めてくれたんだ」
「何かあるの?」
「なんか古代遺跡……が近くにある…らしい……」
 そう言いながらロンガは、空を見上げて何かの匂いを嗅いでいた。
「……どした?」
「…急ぐぞ、一雨来そうだ」


     Φ     Φ


 ロンガ達の大分後ろ、二人と一匹の奇妙な一行はいた。
「ム、一雨きそうジャ、いソいではどうか」
 唐突に言葉を発した、二本の尻尾を揺らしているソレは当然人間ではなく。
 小さいが翼を持った、黒猫だった。
「げ!マジで? …降り出す前に追いつけるかな……」
 その猫、ムラマサの目線遥か高く。
 ボサボサの髪をかきながらぼやくのは、ロンガ達の前に教会信者として現れた事のあるキロ・ウッドビレッジ、という人物。
「あははは、多分無理じゃなーい?」
 目線はキロよりも頭二つ低く。
 間延びした声で、キロの希望を打ち砕いたのはグラム、という名の少女。
「グラム……元はといえば、お前があの後追加で十皿も喰うからだろ……
 イミルさんから貰った旅費がもう尽きそうなんだが……」
「だいじょーぶだよ。あのおじさんからお小遣い貰ったし」
 そういって、グラムが掲げたのは、金貨や銀貨が大量に入っているであろう皮袋。
「……てめぇ……
 んなもん持ってんだったら、食費ぐらい自分で払えやぁあああああ!!!」
「……サきが思いやられるの……」


     Φ     Φ


  ザアアァアァァァ――――

「ハ……結局は降られると思ってました…」
 雨宿りのため仕方なく道を外れ、森の巨木の下に避難した二人。
「まぁ、あの流れで降られないのは二次元の世界じゃ掟破りだよね」
「小説は二次元……なのか……?」
「それにしても、ヒドイ雨だね」
 アイアはそう言いながら、荷物の中から地図を引っ張り出す。
「(こいつ、またサラッとオレの突っ込み流しやがった……!!)」
「え~っと……」
 多少憤るロンガを気にすることも無く、アイアは地図を睨む。
「………アイア、それ上下逆だ」
「ふぇ、あ、地図って上下あるっけ……?」
 その言葉に、ロンガは苦笑いを隠せない。
 アイアはしばらく地図をジッ、と見つめていたが、突如、地図をロンガに突き出し、
「わ……私には無理……」
 と言う。
「ハ?(無理って…何が無理なんだか)」
 ロンガは受け取った地図を、雨に濡れないよう注意して開く。
「お、この近くに村があるな……
 どうせ樹の下じゃ、雨を凌ぐにも限界があるし、ちょっと行ってみっか?」
「え~…どっちみち濡れるじゃん……」
 そのとき。急に吹いた風が、森の木々を揺らした。

「……行くか?」
「………行かせてください……」
 樹が揺れれば、当然、水滴も落ちる。
 結局、アイアもびっしょりだった。


     Φ     Φ


 その看板には『ディルズ』と書かれていたようだった。
 アイアは、二つに割られ泥まみれになったその看板を杖でつつき、呟く。
「廃…村……?」
「……だな」
 最早木材の塊となった家屋を眺めながら、返答を返すロンガ。
「多分…怪物モンスター か、争いか……
 どちらにせよ、雨宿りどころじゃないな」
 雨はまだ降り続いている。
「荷物は一応濡れても大丈夫なようになってるけど……このままじゃ風邪引きそうだよ」
「ハ……そうだな、とりあえず屋根の残ってる所探して休むか」


     Φ     Φ


 キロ一行がディルズに着いたのは、そのしばらく後だった。
「わぁ……ボロボロだ~」
「酷い有様ジャの」
「ちっ……アテが外れたか……
 雨宿りさせてもらおうと思ったんだが」
 キロの歩みに、泥が跳ねる。
 それを気にも留めず、気だるそうに傍らの奇妙な黒猫へ視線を向ける。
「奴らの匂いとかわからないか?」
「小生は犬ではないシ、この雨ではな……
 そもが、奴らの匂いなど嗅いだことが無いゾ」
「あ、そうか」
  ドビシャッ
「!!?」
 後ろで、盛大に泥が跳ねる音。
 振り向くと、
「うぅ~……」
 グラムが木片につまずいて泥の中につっぷしていた。
「おいおい…何やってんだよ、もう……」
「えへへ、転んじゃった……」
「ドロドロじゃねえか……
 ……ん……?」
「どしたの?」
「見ろムラマサ。気付かなかったが……」
「ム、なるほど。コレは運がいいの」
 キロの頬が両側につりあがる。
「どうやら、予想より早く帰れそうだ」
 キロとも、グラムとも、当然ムラマサとも違う、二人分の足跡がそこにはあった。
 
 
 
     Φ     Φ
 


 ディルズ村、廃屋の中。
「とりあえず、雨がやむまでこの中だな」
「うぅ……早く服乾かしたい……」
「………外出てようか……?」
「……………」
「……なんだその目は」
「意外に空気読めるんだよね、ロンガって」
「どういう意味だ、コラ」
 

『いい気なものジャな』
 

「「!?!?!」」
 突如響く、不吉な声。
「何!?」
「おい、アレ……」
 崩れ落ちた玄関から外を覗くと、降りしきる雨の中、一匹の黒猫がちょこんと座っていた。
「黒猫……?なんか不吉……」
「そうか?オレの住んでたトコじゃ、黒猫は幸運の象徴だったぞ?」
「なんか尻尾二本あるし……
 あの猫が喋ったの……?」
「とりあえず普通の猫じゃないな。
 尻尾の多い怪物モンスターは珍しくないが……」
 当の黒猫は雨の中微動だにせず、二人を見つめている。
「おい、そんなとこにいないでこっちに来いよ」
 と、ロンガが廃屋から身を乗り出した瞬間。
 彼の身体は宙に浮いていた。
「な……!!?」
「が……っ!!!」
  ドシャァアアァアア
 泥の中に叩きつけられ、呻くロンガ。
 その数瞬後、アイアが杖を持って雨の中へ躍り出る。
「誰……!?あんた達!!」
 おそらくロンガを吹き飛ばした張本人であろう、幼い印象の少女。
 その僅か後ろに控えるのは……
「あんた……確か……!!」
「改めまして……」
 ボサボサの黒い髪を、手袋をした手でかきあげて、彼は名乗る。
「キロ・ウッドビレッジだ。
 ロンガ・シーライドに用がある」
「オレに……用……?」
 泥の中から立ち上がったロンガが不審そうに言う。
「そう、お前に用がある。
 そんなわけでお嬢さん、通してもらうよ」
 キロの足元の泥が跳ねる。
「――――ッ!!」
 あっという間に、ロンガとの間にいたアイアをかすめ、距離を縮めてしまった。
「こいつ……速い……!!」
「ロンガ……!!」
  ヒュザ!
「!!! 痛ッ……!?」
 ロンガのほうへ振り向いた、アイアの右頬に“何か”が切り傷をつけた。
「キロの邪魔しないであげて、おねーちゃん。
 次、向こうへ行こうとしたら……首を飛ばすよ」
 にこやかな顔で、恐ろしいことをサラッと口にする。
「く……」
 アイアは杖を構えたまま、歯噛みするしかなかった。


 殴りかかるキロの攻撃をかわしたロンガは、応戦するべく自らに宿る能力を発動する。
「“神器スキル”【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】!!!」
 左手から溢れ出る魔力が、光を放ち、風を纏う巨大な剣を具現する。
「へぇ……やっぱ“大剣ブレード”なだけあってデカいな……重くないの、ソレ」
「……ぶっちゃけ重い。だが安心しろ。扱いには困らねぇ。
 それより、教会のヤローがオレに何のようだ」
 その顔は、不機嫌そのものだった。
「やめてくれよ。確かにあの時は仕方なく教会の一信者として名乗ったが……」
 その顔は、嫌悪感に満ちていた。
「神なんてクソくらえだ。信じる信じない以前に、ダイッキライだね。
 そもそもオレも“精霊憑きスピリウル”だ」
「……なんだ、気が合いそうじゃねえか」
 そういいながらもロンガは切先をキロに向ける。
「おっと…『何の用か』だったな。
 それは……」
 一呼吸。

「オレと戦って生きてたら教えてやるよ」
 


「残念だけど……邪魔しないでって言われてそう簡単に引き下がる女じゃないの、私は」
「そう……じゃーどうする?」
 グラムの間延びした声は、されど殺気を帯びていた。
「なんとしてでも。邪魔してやる!!!」
 両手に持った杖を振りかざし、魔法使用の為の呪文を詠唱する。
エイク・ブリザ・ウォク〈氷属性:凍結の弾丸〉
 エイク・ブリザ・ウォク
 エイク・ブリザ・ウォク!!」
「(連続同時詠唱……!?)」
「三連!!」
 アイアの魔導具である杖が振り下ろされると共に、三つの冷気の塊が、グラムへ襲い掛かった。
 アイアの魔力により生成された冷気弾を、それと同じくらい冷めた目で、グラムは見つめる。
「(氷による物理ダメージより、“凍らせる”ことを優先する〈冷気ブリザ〉の呪文かぁ……  
 ……つまんない)」
 ス……と、グラムの右手が肩の高さまで上がる。
「!?」
ウィドン・アスピ〈風属性;槍の呪文〉
 その瞬間、命中する直前だったアイアの冷気弾がすべて、かき消された。だけでなく。
「ぐ……!!?」
 図太い風の槍が、アイアの胴体をかすった。
 ニコリ、とグラムは微笑む。
「(やっぱりこの子……強い……)」
 諦めたように、溜息をつくアイア。
 次の瞬間、泥が跳ねるのも構わず、ロンガ達とも、グラムとも違う方向へ全速力で駆け出した。
「キロぉ」
 近くでロンガと睨み合うキロに声をかける。
「ああ、追え。オレはコイツと戦ってるから」
「うん。わかった」
「…………」
「さて。こっちもおっぱじめようか」
「……ああ、その前に一つ」
「なんだ?」
「あの女、お前の趣味か?」
「……! ま、頼れる相棒、ってところさ」
 ズグ、とキロの足がわずかだが、泥に沈み込む。
 一瞬で距離を詰め、後ろに引いた右手の拳を打ち込む。
「(素手……!?)」
  ガキィイィン
 雨の村に響く金属音。
 キロのしている手袋は、手甲なみの硬度があるようだった。
「“神器スキル”は使わないのか……?(手袋をしているとは言え……リーチの長い大剣相手に、素手同然でやる気か? 何考えてる……)」
 大剣でキロの拳を押し返そうと力を入れた瞬間。
  ビキ
「――――!?」
 キロの顔には、凶悪な笑みが貼りついていた。
 右手を押し付けたまま、左の拳底をロンガの剣に打ち込む。
  ビキっ
「な…………」
  ビキィイィィッ
 粉々に砕け散る大剣。
「ちぃぃっ!!」
 キロの追撃を、ギリギリのところでかわして、泥に深い足跡を残し距離をとる。
「ち……あたると思ったんだけどなぁ。
 いい運動神経してるじゃねえか」
 軽い口調でキロは言う。
「…バカな……
 (魔力で生成したものとは言え、鋼を超える強度の大剣を……拳底で砕いただと……!?
 しかも…あんな軽い一撃で……!)」
「ホラ、次のを生成しなくて良いのか?」
「うるせぇ、考えてんだよ!」
「悪いが、シンキングタイムは長くないぞ」
「うおっ!!」
 ボクシングのように、連続で拳撃を放つキロ。
「チッ、とりあえず……」
「ん、」
  ゴッ、バキィィイィィィィィィィッ
 攻撃を避けるばかりのロンガに、キロがほんの僅かの焦りを感じ、生じた隙。
 ロンガの右ストレートが顔面にクリティカルヒットした。
「ごぶぁぁああああ!!!?」
 泥の中へ転がり落ちるキロ。
「が、き……きさまぁ……」
 鼻血をどくどくと垂れ流しながら立ち上がる。
「ハ、わりぃが、素手の喧嘩でも負ける自信は無いんでな」
「なるほど……さすが、あのクソ重たそうな大剣を振るうだけはある。怪力だ……」
「(とは言っても…奴の能力がはっきりしない以上、あまり近づきたくはねえな……)」
「(さて……二度とあんなの顔面に喰らうのは勘弁だな……やっぱ慎重にいくか……)」
 両雄の視線は、雨の中、交錯する。
 

 
     Φ     Φ

 
 
「は――…は――…」
「おねーちゃん、もしかして体力無い?」
「! うっさいわね!!敵に心配されたくないわよ!!」
「でも、どうしてこんな所まで?
 キロたちと大分離れちゃったじゃん」
「……どうせあそこにいても、あんた達の邪魔なんて出来ないし、むしろロンガの邪魔になっちゃ悪いからね」
 白けた眼でグラムは応える。
「ふーん……でも、勝つのはキロだよ」
「……それはどうかな?ロンガだって強いんだから。
 それに……ここなら私も本気で戦えるわ」
 鋭い眼で、グラムを睨む。
 二人の視線が、雨の中、ぶつかり合う。
 それが合図だったかのように。
 アイアは杖を、グラムは手を、雨粒の落ち続ける天に掲げた。
エイク〈氷属性:…!」「ウィドン〈風属性:…!」
ブリザ凍結の…」「ブロー轟風の…」
ウォク弾丸〉!!!」「アスピ槍〉!!!」
ぶつかり合う、二つの魔法。
 しかし、アイアの魔法は、あっさりと掻き消える。
「ぐっ……!!」
 風の槍は、アイアの肩をかすった。
「くっ……(ダメだ…風の魔法に冷気の魔法じゃ、打ち勝てない…… それに……)」
 グラムが、緩く開いた手をアイアに向ける。
「……!!また……」
ウィドン・レオ・ブロー・ウォク〈風属性:轟風の巨弾〉
「……!!!」
  
  ドゴォオオォォオオオ……

 
     Φ     Φ

 
  バラ、バラバラ、バラ
 虚しく崩れていく【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】。
 ロンガの左手首は、キロに掴まれていた。
「(振り払え、ない……?
 いや……力が入らない……!?)」
  ドッ
 キロの拳底が、ロンガの下顎に決まる。
「がぁ……っ」
 受身を取りながら、空中で再度“神器スキル”を生成する。
 風纏う大剣は、泥の中に足と片手がつくのと同時だった。
「ち……(何だったんだ今の……)」
「おいおい……いくつ目だその大剣。
 そんなデカイの、生成するにも限度があるだろうに」
「とりあえず、敵のお前が気にすることじゃ……ねえっ!!!」
「ん?」
  ゴウ!!!
 ロンガが縦に振り切った剣から放たれた風の刃が、地面の泥すら巻き上げて、キロを襲う。
「……無駄なんだなコレが」
 キロは左手を前に突き出すだけで、他は一切動かない。
 風の刃はその左手、否、手袋に触れるだけで、ただの風と化した。
「……!! なるほどな……」
 剣の切先を後ろに流し、ロンガは突進する。
「こいよ、お前の剣はオレにはきかねぇ」
「ハ…それはどう……」
  ザグッ
 キロの目前で、斬り上げる軌道で放たれた斬撃は、降り続く雨でぬかるんだ地面に食い込んだ。
「……かなっ!!!」
「!!!?」
 剣が纏う風圧を強くなり、ロンガが思いっきりその剣を振り上げる。
 強い風に、やわらかい地面が抉られ、泥が激しい波のようにキロを襲った。
「ぐ……」
 後ずさり、顔にかかり、目に入った泥をぬぐうキロ。
「…は……!!!」
 しまった。と思った瞬間は、少しばかり遅かった。
 がら空きのキロの胴へ、思いっきり泥を蹴って、ロンガの斬撃は放たれた。


     Φ     Φ


「あ、防げたんだぁ」
「く……間に合った……」
 エイク・レオ・ロウル、巨大な氷の壁を造りだし何とか防ぎきったものの、分厚いソレは半分近く抉られていた。
「(やっぱ、“弾丸ウォク”じゃ、破壊力はあっても、貫通力は無いなぁ……)」
 グラムが、手を突き出し、次の呪文を唱えようとしたとき。
「ねぇ……あんたも“魔法使いウィザード”なら知ってるよね?」
 氷の壁の向こうからアイアが話しかける。
「水属性から派生した氷属性は、ある程度なら水も操れる……ってさ」
「なにを……」
「エイク・リセド」
 アイアがぼそり、と呟いたその呪文。意味するのは……〈解氷〉。
 水となって弾けた氷壁が、地に落ちないうちに、杖を前に――落ちる水の流れの中に突っ込んで、さらに呪文を唱える。
エイク・ガトル・ウォク〈氷属性:雹弾連射〉!!!」
 水が、すべての水が、大量の雹弾となってグラムに襲い掛かかる。
「なっ……く、きゃああああああ!!!」
 盛大な音を立てて、廃材の中に崩れ込んだ。


     Φ     Φ


「………!! はぁ…はぁ……」
 キロは脇腹を押さえ、片膝をついて喘いでいた。
 されど、その顔には笑みが。
「クク……やっぱりお前もきつかったんじゃねえか……そらぁそうだ、もう六振り目だぜ、その大剣」
ロンガは、地面に突き刺した剣を支えに、こちらも片膝をついていた。
「ハ……きっちり数えてんじゃねえか……
 でも………」
「?」
「きいたな、オレの剣」
 その眼には、鋭い闘志が。
「ククク……だが、オレの有利はかわらねえぞ?」
 痛みに震えてはいるものの、その声には、戦いで優位に立つ者の自信がこもっていた。
「気付いたんだろ?オレの能力」
「……この、身体の中が空洞になるような感覚……魔力を奪う能力か」
「そのとーり。正確には“触れた魔力を吸収し蓄積する能力”
 【暴食獣の手袋グローブ・オブ・ベヒーモス】。それがオレの“神器スキル”の名だ」
 ゆっくりと立ち上がりキロは言う。
「魔力と生命力は密接な関係がある」
 一歩、ロンガに近づく。
「つまり、急激に大量消費すれば、生命活動に支障をきたす。ってことだ。
 お前は、決して魔力消費の少なくない“神器スキル”を連発で生成した上に」
 また一歩。
「さっき、掴まれたよな?オレに」
「ハ……直接魔力を奪った……って訳か」
「そう、そのとーり」
 また一歩近づいて、左の手のひらをロンガに見せ付けるように突き出す。
 その行動に、ロンガの脳は超速で回転を始める。つまりは、『予感』する。
「(奪った魔力は……)」
「吹っ飛ぶか?」
 ヴォミットブロアー!!!
「るおぉおぉぉおお!?」
 キロの左手から放たれる、高密度の魔力の散弾。

  

ロンガは思いっきり、剣もその場に置いて、両手まで使って後ろに跳び退る。否、飛び跳ねる。
 ほんの数瞬前までロンガのいたところは、放射状にごっそりと抉られていた。
「あぶな……」
「まだかわせるか……」
 キロは少しばかり苛立っていた。
 そもそも、最初は地道にロンガの魔力を奪い、立つ事も出来なくしてやる予定だったのだ。
 それをコイツは……
「ああ……もういい、もうダルイ。
 出て来い、ムラマサぁ!!!!」
「――――!?」
 少しばかり、ではなかった。
 すでにキロの苛々は、沸点ギリギリだったようだ。
雨空に、響いたキロの声。
 数瞬遅れて、茂みの中から現れる、小さな黒い影。
「あっ……!!さっきの猫!!」
「フゥ……全く。結局小生が出張る事になるとは…… 
 自分に合わぬ戦い方をするからジャ」
 小さな羽根を震わせて、化け猫はぼやく。
「悪かったよ。
 そもそも、この能力自体オレの趣味じゃねえんだ。それに相性が悪い」
「ン?」
「魔力量が多い……ってのもあるが、魔力の回復速度が異常だ」
「ナルホド」
「風絶一閃!!!」
「「どぉおぉおおおおお!!!?」」
 キロとムラマサの間を、巨大な風の刃が通り抜ける。
「おい、この際その猫が何でしゃべるのかとかどうでもいい。
 かかってくるならさっさとかかって来い」
 どうやらこちらも。苛々していらっしゃるようで。
「OK、じゃ、第二幕といきますかぁ!!」
 その声を合図とするかのように、ムラマサが上に飛び上がる。
  ゴキ、メキビキバキピキ
「え……!?」
 パシッ、とキロが右手で掴んだ、ムラマサだったもの
 反りを持つそれは、大振りの、鞘に納まった日本刀。
 もちろん読者、作者からすれば異世界であるロンガ達の世界には、『日本』という国など存在せず、したがって『日本刀』という概念も存在しないのだが。
「“猫刀マオトウ”ムラマサ……オレのもう一人…いや、もう一匹の相棒さ」
「ハ、喋るばかりか、刀に変身とは……
 何なんだその猫……
 で?ただの刀でもないんだろ?」
「そのとーり」
 キロは鞘に納まった状態のその刀を左手で引き抜くと、
「コイツは、魔力を加えることで、その魔力に『変質』を与える。
 ――――つまり、こういうことだ
 ほとんど手首のスナップだけで、軽く振る。
 ロンガの背後の細い木が、真っ二つになって、堕ちた。その切り口は、やすりをかけたようになめらかだった。
「…………!!!」
「“放つ”だけから“切断”への『変質』。コレがムラマサの能力。
 そして――――」
  チャキ
「なに……?」
 キロは抜き放った刀を、再び鞘に収め、鞘を左に持ち替え、姿勢を低くし、腰に当てる。
 右足を前に、左足を後ろに。
 その構えは――――
「抜刀術――――」
 キロの右手、グローブから溢れ出た魔力が刀を伝い、鞘の中で溢れかえる。
「まずい……!(来る!デカイのが!!)」
暴吐ぼうと……一閃!!!」
 横に薙ぎ払うように放たれた、魔力の刃は文字通り、目にも留まらぬ速さで、ロンガに接近する。
「うおおおおお!!!」
 飛来する魔力の刃を、大剣で受け止める。
 しかし――――
「無駄だ。ソレの切れ味は見たろ?」
 じりじりと、切れ込みの入っていく大剣。
「くっ……そぉぉおおおおおおお!!!!」
 【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】が纏う疾風かぜが、いっそう強さを増す。
「う、お、おぁおおおおおおおお!!!!」
「……バカな。暴吐一閃を――――」
「風絶……散ッ刃!!!」
 滅茶苦茶に放たれた、無数の細かい風の刃が、キロの放った魔力の刃をバラバラに砕いた。
 そのまま、ロンガは剣の切先を天に上げ――
「風絶一閃、ギガバイトスラッシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
 

     Φ     Φ


  ガラガラガラ…………
 木屑や木片の山を崩して、起き上がり、目の前のポニーテールを睨む。
「さすが、おねーちゃん……ってところかな。
 〈連射ガトル〉の呪文の弾数をあんな方法で増やすなんてさ」
 頭から流れた血が、右目を越え頬まで流れている。
「……なんで?キミは何で戦ってるの?
 あのキロって人のため?」
 グラムとの戦闘が始まって以来、ずっと消えない疑問の一つを訊いてみる。
「……そう。キロは私を救ってくれた。
 だから私は」
 自らの右手首を掴むと、
「キロの為に戦ってる」
 無造作に、引き千切った
「ふぇっ、ちょっ、何やってんの!!?」
 飛び散る鮮血。グラムの肘から下は、左手に掴まれて、垂れ下がっていた。
「焦らなくていいよおねーちゃん。
 こういう風にできてるんだから」
「でき……てる……?」
 見ると、左手の中の右腕は、全く別のモノに変化していた。
「呪式魔導具【ブラッドボックス】開放」
 血液が集まってできたような、赤黒い立方体は、グラムの魔力に反応し、縦に横に、乱雑なリズムで回転する。
「なんて……禍々しい……」
 ああ、そうそう、と、右腕に内蔵されていた魔導具を開放した少女は言う。
「コレ、キロに使うの止められてるんだ。だから、黙っててね。
 って言っても、おねーちゃんが生きてたらだけど」
「なっ、物騒なことをさらりと……」
 アイアの言葉は無視し、左手の半浮遊状態で回転をする魔導具を天に掲げる。
「あぁ、もう!」
 アイアも杖を握りなおし、グラムと対峙する。
「ウィドン・レオ・」
 くろいハコが、不規則な回転の速度を著しく上げてゆく。
「サイ――――」

  ズドォオオオオォォオォオォ……

「「!!!?」」
 グラムの切り札は、出す前に、巨大な地響きで遮られた。
「「まさか」」

 二人の思考にできる、一瞬の空白。

「……キロ!?」「ロンガ……!?」
 女の勘は鋭い。

 このときグラムが、持っていた右腕だったモノを元に収め、アイアより先に、アイアには追いつけない速度で走り出したのは、彼女にとって大きな幸運であり、同時に小さな不幸だった。


     Φ     Φ


 鎌鼬を伴って放たれる、大質量の風の奔流。
 その場だけ、超局所的に竜巻が来た、と言っても、事情知らぬ他人ひとなら信じるだろう。
 しかし、大地にそんな傷跡を残した大技も、魔力の回復が完全ではなかったためか、威力は四割減。そればかりか、魔力の枯渇による筋弛緩で、身動きすら取れない。
「くそ……そう易々と“テラ”なんかやるもんじゃねぇな…………」
 いつの間にか雨のやんだ曇天を、泥の上に大の字で見上げる。
 その首を掠めるように、地に突き立てられる、反りのある刃。他でもない、キロ・ウッドビレッジである。
「油断した。全く、やってくれる」
 満身創痍。触れた魔力を吸収し、ソレに攻撃性能を加え吐き出す“神器スキル”【暴食獣の手袋グローブ・オブ・ベヒーモス】は両手共に消え、特に左腕はボロボロで、もう二度と――ということは無いだろうが、当分の間は役目をなさないだろう。
「さて……とりあえず、オレの勝ちだが……お前、『七罪星』って知ってるか?」
「しち…ざい……せい……?」
 大地に身体を投げ出したまま、ロンガは上から落とされた固有名詞を鸚鵡返す。

「ああ。ぶっちゃけるが、オレの目的は勧誘でね。協力する気は無いか?」
「……何の為にだ」
「それは今は言えない。というか、オレも事実よく分かってないんだ」
「は?」
 『ハ』ではなく、『は?』
 泥の上に大の字、という情けない格好でありながら、『こいつなに言ってんだバカヤロー』と、本音のこもった視線と共に口から漏れた音。
「まぁ、それでも……探してるんだろう?
 ■■■・■■■■■」
「――――――――」
 キロの言い放った人名は。刹那、ロンガの思考を停止させた。

「てめぇ、どこまで知って――」
 チャキリ、という音が、ロンガの反応を遮った。
「もう一度訊く。協力する気は無いか」
 なんのことはない。キロが右腕を動かせば――即ち断れば――オレの首が飛ぶ。それだけだ。
 と、ロンガは今の状況を冷静に、正確に観ていた。


     Φ     Φ


 一方、冷静ではあるものの、自分の居る場所さえ、正確に攫めない憐れな迷子が一人。
「あの子……あんなに足が速かったなんて……キロって人よりも速いんじゃ……」
 その気になれば、ロンガ達から離れることなど叶わず、あっという間に追い付かれていただろう。
「あれ……?ココ、ドコだ……?」
 自身の憐れさを今更気付いたアイア・シルストームだった。


     Φ     Φ


 グラム・ブロックエッジが目撃したのは、まさにその瞬間だった。

 答えはNO。それも、思いっきりの侮蔑と、意地と、見栄を込めたNO。
 その返答に、キロは、
「そうか。じゃ、」
 泥に刺さっていた猫刀ムラマサ。それを上に引き抜くと同時、放り上げた。

 

 

 くるくると、ロンガの上で回転しながら落ちる、堕ちる、オチル。
 もう駄目か。思わず眼を瞑った、その刹那。

       ドズン

 鳩尾に、ムラマサが突き刺さった。



「キロぉ~」
「ん、おお、グラム。……一人?」
「大丈夫。殺してないよ。って、キロこそ大丈夫!?」
 キロ左腕を見た瞬間、血相を変えて走ってくる。
「げほぉっ!げほ、げほ、がは……」
 何者かが咳き込む声。
「げほ、…ハ……どういうつもりだよ、ったく……」
 そこには、腹を抱えてうずくまる白い奴。
「ソんな眼で睨まれてもノぉ。恨むなら小生でハ無く、キロじゃろ」
 落下する最中に、猫の形態に戻ったムラマサは、宙返りよろしく、落下の勢いでロンガの鳩尾に突き刺さったのである。
「どういうつもりか、と言われてもな。オレにお前を殺す気はもとよりなかったんだ。
 まぁ、その一撃は左腕の借りかな」
「ハ、随分安い借りだな、オイ」
 多少痛みと魔力枯渇から回復したのか上体を起こす。
「ん、だってさ」
「ホリィ・チーユ」
 グラムの左手が優しい光に包まれる。その光を浴びたキロの左手の傷が、みるみるうちに塞がっていった。
「ほら、わりと簡単に治るし。つっても、少々リハビリがいるだろうがな」
「治癒……魔法……?」
「さて、ま、オレはお前の勧誘には失敗したわけだが。ロンガシーライド。お前がアレを追うなら、きっとまた合う事になる。
 どっちにせよ、お前はまだ力不足だ」
 言って、ロンガに背を向ける。
「おい……」
「ああ、そうだ、どうせ旅の身なんだろ?
 “ヒフトフ”って街に行ってみろ、いいところだぜ、ありゃあ」
 最後に一度だけ振り向いて、
「じゃ、またな」
 と言う。それに続いて、
「またね、おにーちゃん。多分あのおねーちゃん、迷子だから迎えに行ってあげなよ~」
「精進しろヨ、若者よ」


     Φ     Φ

 
 ハ……あの猫は一体何歳なんだ……?
 そんなことより。
 あの魔法少女め、最後に余計なことを……
 しかしいつまでも放っておくわけにも行かないので、ゆっくりと立ち上がる。
「ヒフトフ……か」

「あ、ロンガぁ!!!」
「!! ハ、ウソ、マジ?」
 ロンガの視界に現れたポニーテールの迷子。
 あ、いや、もう迷子じゃないか?
「よかった、戻ってこれたよぉ~」
「何、涙目で『奇跡が起こった』みたいな顔してやがる。普通だバカ。……まぁ、お前にしたら奇跡か」
「むぅ。って、あいつらは?」
「去ってったよ。なんか、意味深なこと言ってな」
 ふぅ、と溜息一つ。
「アイア……」
「ん?」
「どうやらオレは、まだまだ強くならねばならんらしい」
 自嘲の薄笑い。
 気持ちを切り替えるように、ロンガは頭を振る。
「さて、ファフロットだったな。しばらく休んだら出発しよう」
「ふぇ……さすがロンガ、切り替え早っ」
 ホント、笑ってしまう、切り替えの早さだ。
 ロンガにとって、目的の為だった旅が、いつの間にか目的の達成を先送りにしても、続けていたいものになっている。
 この時間を縮める、訳の分からない奴らの誘いなど言語同断である。
 でも、そういえば、と。
 ロンガをそうさせた一番の要因である、隣に座る方向音痴ポニーテール
 コイツが旅をする理由はなんだ?一度訊いた気がするが、たしかはぐらかされた。
 まぁ、いい。また機会のあるときでいい。
「時間は――ある」
「ん、なんか言った?」
「いや、なんでもねえよ」

 空を覆う雲は割れ、其処から射した日が、なぜか気分を軽くさせた。

「あ、そうだロンガ、“ヒフトフ”って知ってる?」



           第三閃――――END
 
 
 

 

前の物語← →次の物語   目次   トップ