【精霊憑きと魔法使い】第二閃

 

第二閃『修道女と姉妹』 

 
 わたしは知っていた。
 誰よりも。あなた自身よりも。
 あなたの辛さを。
 私とも、お母さんともお父さんとも違う、先祖にたまたまその血が混ざっていたがために、その血があなたの中で覚醒したがために
家を離れ、敵であるはずの教会で修道女なんかになった。

 
 運命を呪うとはこのことか。
 
 仕方がないのはわかってる。
 でも、だからってこんなこと
 だから、わたしはあなたを、あなたの血を

 
――――決して許さない。

 

 

 

 

 
 そろそろ昼の陽射しを放ち始めた太陽の下で“魔法使いウィザード”アイア・シルストームと、自称剣士、ロンガ・シーライドは肩を並べて道を歩いていた。
「ってロンガさぁ、第一閃でも自分で自分のこと“剣士”って名乗ってないじゃん。
 何処が自称剣士なのよ」
 アイアは持っていた地図から目を離してロンガに言った。
「登場後初めての台詞がそれか…破天荒もいいトコだな…」
「そういえばさ、誰か探して殺す…とか物騒なこと言ってたけどさ、手掛かりとかはあるの?」
 ロンガのツッコミ、完全無視。
「……まぁ、はっきり言って、手掛かりと呼べるものは全くない」
 そこで怒らないロンガは、意外に大人なのかも知れない。
「え……じゃ、ゼドソンに行くってのは?」
「完全に気まぐれ、というか気まぐれ」
「はい…?」
「ソレはあくまで最終目標。
 確かに少しずつ手がかりとかは集めてはいるが、見つかるまでは気まぐれで動くんだ」
「…じゃ、怨恨より気まぐれで動くんだ、ロンガは」
「そういうこと。
 もっとも、前回二人倒したせいで、追手とかが出てこないとも限らないからな。
 行き先を判別させなけりゃ追われる心配も無い」
「一応はいろいろ考えてるんだ…」
「ああ、まぁな。ってオイ。どこ行く気だ」
「ふぇ?」
 地図を持っているにもかかわらず、アイアは分かれ道で進む方向を間違いかけていた。
 

 
     Φ     Φ

 

 
 はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、

 
 結局……逃げることしか出来なかった。
 ダメだ。このままじゃ。
 早く――――あの人を止めなければ。

 
 これ以上、あんなことをさせる前に。

 

 
    Φ     Φ

 

 
  ゾワッ――――
「――――――!?
「ん? どうしたのロンガ」
「いや…なんか………」
    《ド      ン》
「「――――ッ……!!!」」
 昼間の空気を揺らす爆発音。
 見上げれば道を外れたところの森の一角から、白い煙が上がっていた。
「……ロンガ、行ってみる?」
「ハッ、ここで行かない主人公ってどうなんだよ」
「それもそうか。
 じゃ、行ってみよー!」
「何故テンション高い…?
 って、おい、だからどっち行く気だ!」

 

 

 

 
 思ったよりは、その現場の有様はマシな方だった。
 広い範囲で木や地面が焦げていたりはしたが、中心地はクレーターのような窪みを作るでもなく。
 ただ、数匹の角の生えた狼型の怪物の死体と、女の子が転がっていた。
「死んじゃ……いないな」
 倒れている女の子を見ながらロンガは言った。
「ナイフウルフか……」
「そんなに強い怪物モンスターじゃないよね?」
「ああ。その辺にゴロゴロいるレベルだな。
 それに、コイツの傷は狼によるものには見えない」
「ふぇ?」
「まぁ、それより腹減らねえか?」
 【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】を手に握ると、ロンガはそう言った。

 

 

 

 
「るあぁああああ!?!?
「何!? 何事!?
「落ち着けアイア。お目覚めみたいだぞ?」
「え…え……え……?」
 赤毛のショートカットを揺らして、少女は
ロンガとアイアの顔を交互に見ていた。
「え~っと、うん。アイア、こういう時どうしたらいいんだ?」
「えええええええええ、丸投げ!?
 と、とりあえず…名前は?
 作者イタミがカスでさぁ、名前出てないと書きづらいって」
「(……ここでツッコんだら負けなんだろうか……?)」
 パチッとロンガの熾した焚き火が爆ぜる。 
「えっ…と、メイコ、メイコ・フレアライズです。 助けて…下さったんですよね。
 その、ありがとうございます……」
 最後の方は消え入りそうな声だった。
「…アイア、先にオレ達の自己紹介からやるべきだったのでは……?」
「うるさい!丸投げしたくせに!
 エイク!!
「ぐあ! いてぇ!いや、つめてぇ!?
「いや、あの、えっと、え……?」
 メイコは慌てながらも手と目で強烈に、「落ち着いてください」と訴えている。
「…えぇと、私はアイアでこっちはロンガ。
 よろしくね、メイコちゃん」
「あ…よ、よろしくです……
 あ、アイアさんも魔法使いなんですか?」
「うん、そうだよ。さっき使った魔法で判ったのかな
 って、『も』?」
「ほら、狼の肉が焼けたぞ。
 話は食いながらでいいんじゃないか?」
 今にも涎を垂らしそうな顔で焚き火の中から、串に刺して焼いた肉を取り出しながらロンガは言った。

 

 

 
「へぇ、じゃぁメイコちゃんはセドソンに住んでるんだ」
「ちょうどいいな、一緒に行くか?」
「ええ、そうしてもらえると助かります。
 私も魔法は使えるんですけど、まだ失敗が多くて……」
「そういえば、何で倒れてたんだ?」
「いや……それも…実は失敗しまして……」
 顔を横に向けて、メイコは決まり悪そうに続ける。
「ちょっと…爆発を……」
「え…………」
「魔法って失敗したら爆発するんだっけ?」
 困惑するアイアとロンガ。
 それを見たメイコも慌てて、
「あ、いや、アイアさんみたいな氷属性の魔法なら、そんなことは無いと思いますが……
 わたしのは……」
 そう言うと、服のポケットから短い、金色をした短剣のようなものを取り出した。
 短剣…と言うよりは、短い長方形の鉄の棒に取っ手を付けたようなソレは、丸い宝石が並んで埋め込まれていて、どう考えても物を切ることは出来ない形だった。
「フェリ・ウォク!」
 メイコが“火属性の弾丸”を意味する呪文を唱えると手に持った魔道具の先から火球が現れ、焚き火にあたるとその火力を上げた。
「へぇ…火属性かぁ……」
「えへへ…まだまだなんですけどね」
 横でソレを見ていたロンガが不思議そうに
「なぁ、アイアが火の魔法を使ったり、メイコが氷の魔法使ったりは出来ないのか?」
 と、言った。
「出来ないことも無いけど難しい…かな?」
「はぁ?」
 アイアの代わりにメイコが説明する。
「えっと、“魔法”やそれを使うために必要な“魔力”には、いくつかの“属性”があるんです。人によってどの属性を扱うのが向いているかという適正が違うんですよね」
「なるほど……」
「ロンガ…さんは、魔法使いじゃないんですか?」
「あ、ロンガは……」
「ああ、オレは魔法使いじゃなくて剣士だ」
「……剣士…?」
怪訝な顔をするメイコ。それも当然。
 魔法使いなら、魔道具を。
 剣士ならば、剣を。
ロンガは一振の剣も持っていない。
「自称、だけどな」
 ザリッ 
 という唐突な音はアイアが杖で地面を引っ掻く音。
「ねぇロンガ、そろそろ行かないと日が暮れちゃうよ」
「む、そうか。じゃ、そろそろ出発するか」
「あ、はい!」
 アイア、ロンガに引き続いて、メイコも立ち上がる。
「んじゃ、いきますか!」
 

 

 

 
「で? 前回、丸一日かかるとか言ってたの誰だったかなぁ……?」
「あ…あれ……? 絶対その位かかると踏んでたんだけどなぁ……」
「確証なかったのかよ!」
「まぁ、いいんじゃないですか?
 早く着いたんですし、遅くなるよりは」
 そう。セドソンには思ってたより早く着いた。
 ただ、それが想像を超えて早すぎたのだ。
 具体的には、丸一日かかると思っていたものが、日が暮れる前に着いてしまった。
「ふぅ……まぁいいか。
 お前は先に宿にでも行ってろ」
「ふぇ…?ロンガは?」
「オレは…まぁ野暮用、というか?
 まぁ、後から行くさ。
 ところでメイコ。この街で、肉屋と衛兵所は何処だ?」
「えっと……肉屋はそこの道の所に、衛兵所は東西の門の近くにあります。
 今さっきわたしたちが入ってきたのが東門ですね」
「おう、サンキュー。じゃ、また後でな」
 ロンガはそう言い残すと遠くへ走り去っていった。
「そんな勝手な……」
「あの、宿はすぐそにありますから」
「あ、うん、ありがとう」
 笑って答えるアイア。
「じゃ、わたしはこれで。
 ロンガさんにもよろしくお伝えください」
「あ、そうかメイコちゃんはここに住んでるんだったね。じゃあね~」

 
――――その時、私たちは気付いていなかった。気付くはずも無かった。
 私たちを見つめる、殺意の炎に。

 

 

 
 結局、ロンガが戻ってきたのは日も沈んで暗くなってからだった。
「ふぅ…疲れた……」
 ドチャッと音を立てて、持っていた布袋を机に置いてからベットに倒れこむ。
「ちょっと…今までどこ行ってたのさ」
「いや、その袋の中……」
「ふぇ? コレのなかぁ!?
「違う……中…開いてみろ……」
 アイアは袋を取り上げて開いてみる。
「え……コレは……」
 中に入っていたのは、結構な量の金貨や銀貨だった。
「ちょ、どこから盗ってきたの!?
「人聞きが悪い!ちゃんと稼いだんだよ!」
「どうやってよ!」
「…簡単だよ。その辺の森で狼狩りしてた」
「狼…ってあの……」
「ああ、ナイフウルフだ。
 刈り取った首を衛兵所に持ってって、賃金貰って、肉を捌いて肉屋で売る。
 コレで結構手に入る」
「……今までそんなことして生計立ててたのかよ……」
「ああ、肉屋はともかくとして、最近は凶暴な怪物モンスターが増えてるからな。
 衛兵所の奴らは奮発してくれるぜ」
 ロンガは大きな欠伸をして、仰向けになると、
「それより……どうやら火事が多いみたいだなこの街」
 と言う。
「うん、焼け落ちた建物多かったね」
 事実、アイアとロンガのいる宿の周辺にも二つ三つ、黒く焼けて原型をなくした建物があった。
「なんか気になるの……?」
「いや……なんと…なく…な……」
「ふーん……って、ロンガ…?」
 白髪の少年はすでに寝息を立てていた。
「…………」

 

 
     Φ     Φ

 

 
  ゾワッ――――
「――――!!?
 前にも感じたことのある、全身の毛が逆立つような感覚を感じてロンガは跳ね起きた。
「…………何だ……?」
 音の無い、静寂の夜。
 しかし、ロンガの本能は警戒を続けろと命じていた。
「――――ッ!?
 不意に、窓から差し込んでくる月明かりを影が刹那に遮った。
 そう思った瞬間――――
 窓の張られた壁が、否、宿の建物が、紅い炎によって縦に切り裂かれた。
ゴオオオオオオオオオゥ
「なぁっ!!!?
 くっ……アイア!!
「ふあ!? え、何!?夜這い!?
「んな訳あるか、くそっ!!
 神器!【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ!!!
 左手から放たれる魔力が、強い光を伴って剣を形作る。風霊の宿るソレは、完成と同時に風を纏い始める。
「風絶!!!
 大剣が放つ突風を炎にぶつけて、炎が弱まった隙に、まだ寝ぼけているアイアに担いで荷物を持たせ、窓――だった所から飛び出した。
「ちょ、ロンガ!ここ二階!!!
「三階だ、バカ!!!
「バカとは何をぉ!?
 つっかかるアイアを無視したロンガも、何も考えず飛び出したわけではない。
 左手に持った剣を地面に投げつけて突き刺し、剣から放たれる風で器用に落下の勢いを弱めた。
「……ッッ!!!
「ちょ、ロンガ、大丈夫!?
「…ちょっと痛いけど……大丈夫だ」
 すでに道には、宿の主人やその他の宿泊客が逃げ出してきていた。
そこにド派手な登場をしたのである。
 否応なしに好奇の眼を向けられるのだが、
ロンガは気にする素振りも見せずに言う。
「アイア、その荷物の中にちゃんと杖、入ってるな?」
「あ、え~っと…… うん。あるよ」
「よし。じゃあ追うぞ」
「追う…って誰を?」
「さっきオレ達が飛び出したとき、向こうのほうに逃げていくのが見えた。
 まだ追いつけるかも知れん」
 集まり続ける野次馬や火消しでごった返す道の先を指さしてロンガは言った。
「いや、私寝間着なんですけど。
 髪も結んでないし……」
「んなもん気にするな」
「んなもんて!!!
 て、この荷物、服入ってない!!!
 うそ、燃えた!?
 バッ――と赤く燃え上がる宿を見上げる。
!!!
 アイアの驚愕と同時に、野次馬から上がる叫び声。
「あ!あそこ!子供がいる!!!
「って、んなベタなぁ!!!!
 まさにご指摘の通り。
「でもロンガ!確かにベタだけどホントにいるんだってば!」
アイアの指差す先には、確かに、黒煙の立ち上る窓から微かに身を乗り出している子供がいた。
 丁度、ロンガ達のいた階の一番端の部屋である。
「ち……あの背丈じゃ、飛び降りろってのは無理か……」
「ロンガなら助けられないの?」
「そうしたいところだが……」
 チラッと、人ごみの中に一瞬眼を向ける。
「…?……!! 教会か……」
 野次馬にまぎれて、黒い礼服が数人。
 サーチェSircht教の信者である。
――教会は魔力を[神に背く悪魔の力]として、魔法の使用だけでなく、“精霊憑きスピリウル”の存在すら否定している。
 そんな者たちの前で能力を行使すれば、厄介なことになりかねない。
「でもロンガ!今はそんなこと言ってる場合じゃ!!
 少し離れたところから、子供の母親らしい人物の叫び声が聞こえる。
「ああ、わかってるさ」
 そう言ってロンガは地面を蹴って燃え盛る建物へ突っ込んでいった。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
「チッ……せめて水ぐらいかぶって来るべきだったか……」
 後悔しても今更遅いな。
 その上、炎と煙で前も見えんし……
「ゴホッゴホッ…!!
 ち……まぁ、この中なら分からんだろ!」
 【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ 】を発動し、その風圧で炎と煙の壁を切り開いていく。
 階段は……あそこか!
 三段飛ばしで階段を駆け上がり、三階まで一気に上がる。
 たしか、一番奥だったな……!!
 《バキィィィィッ》
 ドアを縦に砕き斬ると子供の泣き声が聞こえてきた。
「そこか!」
 って………え……?
 泣き声の発信者をみたとき、思わず絶句してしまった。
 いや、発信者というべきか。
「「「うわぁあぁああああん!!!」」」
 さ……三人も居やがる……!!!
「ゲホッゲホッ!!
くそ…煙も充満してきやがった……
「あああ!!!もう!!全員こっち来いやぁあああああああああ!!!
「へ、わぁあぁああああ!!!
 驚く子供を無理矢理抱えてドアから出る。
 外に教会の奴らがいる以上、さっき使った方法は使えない。
 ってか、そもそも両手にガキ抱えてる時点で使えないんだが。
「二人までなら片手で抱えられるんだが……
 うおっ!?
 焼け落ちた天井が炎を纏って落ちてきた。
「「「うわあぁあぁあぁぁぁああん!!!!」」」
「だぁあああ!!叫ぶんじゃねええ!!!
 って、ゲェッホゲホッ…!!
 自分で叫んでむせてたら世話ぁねえな……
 両手がふさがっては神器スキルも使えないので、無理に炎の中を行くしかない。
 くそ……煙の吸いすぎだ…意識が……
 子供達も咳き込み始める。
 まずい、速く、はやく――
 そのとき、
「おい、君!!大丈夫か!!
 炎の向こう側からその声が聞こえた時は流石に救われた気がした。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
「ロンガ! 大丈夫だった?」
「ああ……まぁ、な……
 でも逃げられちまった」
 悔しそうに道の向こうを見るロンガ。
「もう、今はそんな事どうでもいいでしょ?
 あんたが持ってきたお金も火の中だよ。
 これからどうすんのさ」
「…………お前、髪下ろしてると別人みたいだな……」
「んな事ぁ今関係なぁあああい!!!!
「ごあっ!! コラ、杖で殴るな杖で!!
「あ、あのっ!」
 横からかけられた声に振り向く二人。
「あ、メイコちゃん!!
「よかった……無事だったんですね、お二人とも……」
 そう言いつつも、その眼はずっとアイアを見つめていた。
「……? どうしたの?」
「アイアさんって、髪下ろしてると印象全然変わりますね!」
「ブフっ!!! ゲホッごほっ…!!
 盛大に吹き出すロンガ。
「っな…… そ、そんなに……?」
 顔を真っ赤にして狼狽するアイア。
「フフフ……よければ私の家へどうぞ。
 服もお貸しできますよ?」

 

 

 

 
 奥まった、日も届かなさそうな路地にあるそこは、家と言うより、隠れ家、と言った方がしっくり来るような場所だった。
 一通りの家具がそろっている――逆に言えば、それだけしかない――殺風景な部屋の中でアイアはメイコが着替えをもってくるのを待っていた。
 当然、隣にはロンガがいるが、彼は普段の服のままなので着替える必要は全く無い。
 全く無い……事も無いのだが。
 彼の服は昨日から変えてない上に、火の中への特攻もあり、随分と薄汚れて所々焦げていた。
「はぁ……何でこんな路地裏みたいな……家……なのかココ?」
「ロンガ…ちょっと失礼じゃない?」
 そこに奥からメイコが服と淹れたてのお茶を持って現れた。
「フフ、仕方ないんですよ。
 私の家は、曽祖父の代から魔法使いウィザードですから、教会の眼の厳しいこの街ではどうしても隠れ住むみたいになっちゃうんです」
「でも昔からこんなトコに住んでたわけじゃないだろ?」
 出されたお茶を啜りながらロンガが言う。
「ええ、まぁ……
 あ、それよりアイアさん、はい服!」
「ああ、ありがとね
 ……えぇ~っと………」
 チラリ
「…………」
 空気を読んだのか、ロンガは無言のまま外に出て行った。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
 外に出たオレは、火事のときのことを考えていた。
 どう考えても、建物を二つに割るような、あの発火の仕方はおかしい。
 少なくとも普通の人間の仕業ではない。
 だとすれば、あの火事は――いや、そんな事考えなくてもわかってる――間違いなく、“精霊憑きスピリウル”の仕業だ。
 “魔法使いウィザード”の可能性も考えたが――今。
 今この場で、その可能性は消えた。
 

 
     Ψ     Ψ

 

 
 路地から出て、しばらく行ったところの大通り。
 当然、火事も収まっている上に、現場から離れたこの場所の、この時間に、人通りなどあるはずも無く。
 故に。
 ロンガは目の前に現れた、黒衣の人影を、
[敵]と見なしていた。
「“精霊憑きスピリウル”……しかもやる気満々か」
 ロンガがそう判断する材料は何を隠そう、その人物の右手に握られた、巨大な剣――それも、今日の宿のように轟々と燃え盛る――大剣だった。
「ち……何だお前…何の用でもいいが、今日はもう疲れてんだ。またにしてくんねえか」
   ジャキッ  
 人影が、大剣の切先をロンガに向ける。
 明らかな敵意の表れ。
「………!!
 けれどロンガの驚きは、全く別のところから沸いて出たものだった。
 燃え続ける剣が、松明のようにその持ち主のシルエットを浮彫りにする。
 女だった。早い話が、その体型が女でしかありえないものなのだ。
「……とりあえず……またにはしてくれそうに無いな」
「……」
 黒い革素材のコートは中心に大きく十字架があしらわれ、教会の関係者であることを示していた。
 顔は同じく革素材であろう仮面に隠れてわからないが、その後ろからは赤茶色の髪の毛がふわりと腰まで流れている。
 タン!という音は、その髪をなびかせて地面を蹴り、ロンガに襲い掛かる音。
「オオオッ……」
「くっ、【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】ッ!!!
  ガギィィイイィィイイ!!!
 剣と剣、風と炎がぶつかり合う。
  ゴオォオオォォオォォ!!!
 勢いのやまない炎と大きな刃を防ぎながらロンガは問う。
「ハ、今日の火事もお前か!
 どうやら狙いはオレなみたいだが、わざわざ建物ごと燃やす必要あったのかよ!?
「……手加減はしたさ。お前らだけなのがわかっていたら全力で灰にしてた」
 仮面の裏から聞こえてくるくぐもった声はされどやはり、女のものだった。
「お前…って事は狙いはオレだけじゃないのな」
「……!!
 大きく後ろに下がって距離を取る女。
  チャキッ
 ロンガは左手に持った大剣の切先を相手に向けて続ける。
「まだまだ訊きたいことは沢山あるんだぜ」
「貴様に……答えてやることなど何も無い」
 同じく彼女も切先をロンガへ向ける。
  ゴッ――――――
 風と炎が勢いを増す。
「風絶……」「劫火……」
 互いの必殺技が放たれる――その刹那――
「ちょ…ちょっと待ってください!!!
「「!!!?」」
 息を切らして現れたのは他ならぬアイアとメイコだった。
「ハァ……は、は、ゴホッゴホッ!」
 全力で走ってきた上に大声で叫んだためか息切れするどころか、むせるメイコ。
「ロンガ、ちょ、ちょっと…待って…!
 アイアも息を切らしながらメイコの言葉を引き継いだ。
「メイコ……何故戻ってきたの?」
!!!?
 ロンガの驚きは、されど無理も無かった。
 なぜならその声は、先程までロンガの戦っていた女から発せられていたからだ。
「……お姉ちゃん………」
「なにぃいいぃ!!? し…姉妹!?
「…………」
 連続で驚きの声を上げるロンガに対し、すでにメイコから聞かされていたのか、アイアは言葉を発さない。
「私は……止めに来たの……
 もう……やめてよ、キョウコお姉ちゃん!!
 これ以上……そんなことしないで……!!
 メイコの嘆願に、黒衣の女、キョウコ・フレアライズは感情のこもらない声で答える。
「…今更……今更後には引けないわ。
 あなたが望むなら、今、此処で、終わらせてあげる」
 右手の大剣が炎の唸りを上げる。
!? あぶなっ……!!
劫火剣嵐ごうかけんらん!!!
 炎が、無数の刃となり、まさに嵐の如く、メイコに襲い掛かかった。
 

 

 
  ボタッ… ポタッ…
「あ……ロンガ…さん……」
「へぇ……身体を張って女の子を守るなんてカッコイイじゃない。
 でも…いくら風の守りがあるからって、今の技を真正面から受けちゃマズいんじゃないの?(まぁ、“受けきれた”時点で賞賛モノなんだけど)」
「ハ……風絶…一閃!!!!
 切先が弧を描くと同時に放たれる風の刃。
「フン」
 かわされた風の刃は女の元いた場所の地面をえぐった。
「アイアァぁああ!!!
エイク・チェイン氷属性:束縛!!
「なっ…!?
  ガチイィ
 突如、キョウコの足元に氷の鎖が現れ、地面に足をくくりつけた。
「フン!こんなもので、動きを止められる訳が!」
 確かに、炎の大剣に氷の鎖では、どう考えても圧倒的な優劣がついてしまう。
 だが、その一瞬の隙だけで充分だった。
「風絶一閃!メガ・バイト・スラぁッシュ!!!
《ゴオオァアアァア!!!
 圧縮され、密度、速度ともに増した風の刃が唸りを上げて、獣の牙のように標的へ襲い掛かる。
「くっ…劫火剣嵐!!!
「いけぇえぇえぇえええ!!!

 

 
――――結果から言えば。
 その夜最後の風と炎のぶつかり合いは、僅かな差だが、風の勝ちだった。
 本当に、僅かな。
 最後に残った風の刃の欠片が、キョウコの仮面を破く程度の。
 仮面に隠されていた顔は、浅く切れた額から血を流してはいたものの、敵意と殺意をいまだ放っていた。
 だが、それがロンガには、なぜか悲しいものに思えて。露になったその顔をずっと見つめていた。
「お姉……ちゃん……」
 キョウコは声を放ったメイコの方には一瞥だけして、白み始めた東の空へ顔を向ける。
「ふぅ……いいわ、決着はまたにしましょう白髪のボウヤ」
「白髪って言うんじゃねえ、コレは銀髪だ!
 それからボウヤじゃねえし。
 オレの名前はロンガだ!!
 ロンガ・シーライドだ!!!
 そもそも、こっちは何で襲われてんのかもわかってねえんだよ!ふざけんなぁ!!!
 ロンガが呼吸も挟まずに放った台詞には、軽い笑みだけを返して朝靄の中へ消えていった。

 

 
     Φ     Φ

 

 
「ちょ、ロンガ!」
「どういうことだよ、オイ。
 アレがお前の姉貴!?
 何なんだアイツは!
 何で“精霊憑きスピリウル”が教会にいる!
 何でオレを襲ってくるんだ!
 お前は全部分かってて何も言わなかったのか!?
「……エイク・ブリザ氷属性:凍結!!
  がき――――ん
「がぁああ!!つ、冷たぁああぁあ!!?
「頭冷やせ、バカ。
 そんな一気に詰め寄られても答えられないし! メイコちゃんが可哀想でしょうが!」
「あ、いえ……大丈夫です……
 順番にお話しますから……」

 

 
     Ж     Ж

 

 
 メイコの回想
   ~あの頃のフレアライズ家~

 
 私のお父さんもお母さんも、二人とも立派な魔法使いウィザードだった。
 毎日研究は欠かさなかったし、近くの森で怪物が暴れたりして街が危なくなると率先して戦ったりもしていた。
 街の人や、教会の人たちには好かれなかったけど、私はそんな両親が誇りだった。
 私自身はそんなに魔法は上手くはなかったけど、そんな両親の血を引いていることが誇らしかった。
 きっと、お姉ちゃんもそうだったと思う。
 私より七歳も上なのに魔法は私と同じぐらいしか使えなかったけれど、私よりもずっとずっと努力していたし、いつも私には優しくしてくれた。
 私は、とても幸せだった。
 あの日、私の四歳の誕生日までは。

 

 
 メイコの回想、続き
   ~すべてが狂い始めたあの日~

 
 今から言えば、十二年前になる。
 その日、私はいつもより早く起きた。
 何のことはない。ただ自分の誕生日に浮かれていただけだったと思う。
 隣で寝ていたはずのお姉ちゃんは、すでに布団から抜け出した後だった。
「お母さんももう起きてるかな」
 寝室のドアを開ければ、短い廊下。
 とたとたと、リビングへ急ぐ。
 リビングのドアを開ける前に、私は視界が少し霞んでいることに気付いた。
 目をこすってみるけれど、なんら変化はない。そういえば変なにおいもする。
 不審に思いながらもドアを開ける。
「あぁ。おはよう、メイコ」
 そこに、お母さんとお姉ちゃんは居た。
 所々火が燻って煙が薄く立ち込める部屋の中に、床に倒れ伏したお母さんと――
 右手に大きな、火を纏った剣をもったお姉ちゃんが。

 

 
     Ж     Ж

 

 
「“神器スキル”の暴走……か」
 ロンガが頭をかきながら呟く。
「あるの?そんなこと」
「ああ。“精霊憑きスピリウル”が“神器スキル”を使うときは普通、遺伝子に刻まれた感覚と、無意識になんだが、過去に使ったときの記憶を元に魔力で生成するんだけど、一番初めの発動は過去に使った記憶なんてあるはずもないし、そもそも神器が使えるとも知らないから、その代わりに何か、強い感情や想いが引き金になることが多いんだ。
 でも、幼い、心の不安定な時期にそんな発動をすれば、御し切れずに滅茶苦茶な発動をしてしまう……なんてことがままある」
「へぇ……」
「きっとお姉ちゃんもショックだったんじゃないでしょうか。かなり動揺してましたし」
「まぁ、大体暴走やらかすと、人を傷つけるからな。相当な心の傷だろうよ」
「大人の精霊憑きスピリウルでも暴走ってするの?」
「さあ…大人になってから初めて発動させることもあるし、情緒不安定なまま使うとかするとあるかもな」
「……」
「で? さっきの回想、もう充分長いけどまだ続くんだろ?」
「え、長い……ですか?」
「ああ、もう!
 まだ第二閃の中盤終わったトコなのに原稿用紙四十三枚目なんだから! 
 無駄に行数浪費しないの!」
 作者としてもそろそろ展開早めていきたいところなので、お願いしますメイコさん。
「は、はぁ……わかりました」
 当然、アイアの台詞後の作者のぼやきはメイコには伝わっていないので。お忘れなく。

 

 
     Ж     Ж

 

 
 メイコの回想、続きの続き
   ~そしてお姉ちゃんは~

 
 どこに行っていたのか、外から帰ってきたお父さんに火は消し止められ、火事にはならなかったけど、お母さんは体の左半分に大火傷を負っていた。
 お姉ちゃんが火竜サラマンダーを宿す“精霊憑きスピリウル”だと分かった後も、お父さん、お母さんは変わらずお姉ちゃんに接した。もちろん私も。
 だけどお姉ちゃんはそれっきり口数も減った、笑顔も減った、私の相手もあまりしてくれなくなった。
 魔法も全く使えなくなったみたいだった。
 そしてお姉ちゃんは、何年か経つと家を出て行った。
 その頃からだ、教会が異能者を取り締まる目がきつくなっていったのは。

 

 
 メイコの回想、続きの続きの続き
   ~地獄~

 
 五月の、暖かな日だった。
 その日の午後、私は外から家に帰ってくるところで、家の中の異変に気付いた。
 家に居るはずの両親の声が聞こえない。
 代わりに何かが爆ぜる音。
 煙の匂い。
「まさかっ……!!
 ドアを開けてそこにあったのは、あの日の出来事をそのまま地獄にしたような空間だった。
 燻るどころか燃え続ける家具、壁、床。
 全身火達磨で倒れるお母さん。
 真っ二つにされたお父さん。
 十字架をあしらった黒いコートでそこに立つお姉ちゃん。
「あぁ、お帰り、メイコ」
「な……なん……で………?」
  ジャキッ
「せめて、せめてあなただけでも逃げて、メイコ」
 お姉ちゃんは、泣いていた。
「逃げてメイコ。私の前に現れないで。
 でないと、あなたも殺しちゃう」
「なん…で、あ、ああ、あぁあぁあ、
 ああああああああああああああああああああああああああああああああ…………

 

 
     Ж     Ж

 

 
ああぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「え、ちょ、メイコちゃん!?
「な、おい!!
 回想の途中、メイコが頭を両手で鷲掴みにするように耳を押さえて、両眼をギリギリと見開き、うつむいて震えながら叫びだした。
「だ、大丈夫か……?」
「あァ、ああああぁ……、
 だいじょ…う、ぶ、です……」
「全然大丈夫に見えないよ!
 汗もびっしょりじゃない!」
「ハァ、ハァ、ホントに、大丈夫、です」
「……つらいか?」
「……つらい、ですが…きっと、お姉ちゃんもつらかったんでしょうね。
 私は……解ってあげられなかった」
「…………」
 ロンガは悲しそうな眼で、息を整えるメイコを見つめていた。
「それから…私は、にげて、にげて、コレだけ持って逃げて、ココに逃げ込んだんです」
 短剣のような魔道具を机の上において、言う。
「ココもこの魔道具も、お父さんが魔道の研究に使っていたものです。
 それから、後から知ったことですが、あのコートは、教会の中でも“断罪者”と呼ばれる人たちが着る服だそうです」
「“断罪者”?」 
 アイアの疑問符にロンガがその辺の本棚にあった本を取り出し、項を探して音読する。
「『別名、粛清者、教会の異端、魔力やその使用を[異端]の技として認めていないサーチェ教会が、異教の取り締まりや、街を守るため特例として異能力の使用や戦闘を認められた集団』……だ、そうだ」
「つまり…異能者の掃討のために、異能者を使うってこと……?」
「そういうことです……」
「大方、自分に宿るチカラを罪にでも感じて神とやらに許しを請うたんだろうよ」
「でも…いくらなんでも、あんな、他人を巻き込むようなやり方でいい訳がないです。
 教会がよしとしてるのが信じられません」
「まさか、この街で焼け跡が多いのは……」
「……全部、お姉ちゃんのせいです……
 初めは元いた“魔法使いウィザード”の家、残った人たちが同志の死や教会を恐れて移住すると、旅でやって来た“魔法使い”や“精霊憑きスピリウル”が泊まった家。
 でもまさか、他にたくさん人の居る宿まで襲うとは……
 ごめんなさい!私があそこに泊めなければ襲われることもなかったのに…!!
 目に涙を浮かべて謝るメイコ。
「まぁ、そんなことはどうでもいい」
「「どうでもいいって!!」」
「それより解んねえのは、なんで両親まで殺す必要があったのか、いくら“断罪者”とはいえ、教会のイヌになったわけでもないだろうが」
「なにか弱み握られてるんじゃない?
 メイコちゃんだけはわざと逃がしてるし」
「ハ、かもな。
 で? メイコちゃんとやらはどうしたい、いや、どうして欲しいのかな?」
「え……」
「(あ……この顔は……)」
 アイアはロンガと始めてあったとき、大蛇と対峙したときのロンガの表情を思い出していた。
「お姉ちゃんを……助けてください」
 今までで一番意志のこもった声で、メイコは言った。

 

 
     Φ     Φ

 

 
「で? 助けるって言ったって、あんたにどうにかできるの?」
 次の日…厳密には同日の午後、町の往来を行くアイアは、いぶかしむような口調で隣のロンガに言う。
「まぁ……囚われの姫を助け出すわけじゃねえから、物理的手段だけじゃ無理だよな」
「だから、あんたに説得とかが出来るとは思えないんだけど?」
 アイアの言葉にロンガは笑って答える。
「まぁ、『拳で語り合う』とかいう言葉があるくらいだし、何とかなるんでねぇ?」
「適当!!!?
 あんた解ってんの!?
 今回は自分だけの問題じゃないんだよ!?
「解ってる。わかってるさ。でもな、アレがいまさら言葉でとまると思うか?
 十中八九とまんねえよ。それも解ってる」
「………」
 だから、とロンガは続ける。
「だからオレが、一発ぶっ飛ばしてやるんだよ。教会とやらも気に入らねぇしな」
 その台詞は、左手の拳を右手で受け止めながら。
「ロンガ……」
「あの~……ロンガ・シーライドさまでございますね?」
!!!!!
 突如、後ろからかけられる声。
 振り向くとそこに居たのは、白いローブの男。細く黒い髪の毛をボサボサにのばし、鋭い目でこちらを見つめていた。
「ワタクシ、キロ・ウッドビレッジと申します…て、そんなことはどうでもいいですね」
 突如現れた謎の男。けれどロンガはその男の首に、ロザリオが掛けられているのを見逃さなかった。
「教会……か……?」
「…察しがいいですね。
 ええ、キョウコ・フレアライズ様がお待ちですよ」
「ロンガ……!」
 ロンガは、前に出ようとするアイアを遮って言う。
「ここはオレ一人で行く。
 お前はメイコと一緒に居ろ」
「え、ちょっと!何でよ!!
 昨日の傷も治ってないのに!」
「ハァ……お前の魔法、氷ばっかだろ……」
「あ」
「あの炎の大剣に通用なんてしないし、メイコは戦うどころか、一人でほっとくのも心配な状況だ。
 だから、オレが一人でぶっ飛ばしてくる」
「…………わかった。
 …無事で帰ってくるよね?」
 杖で小突いてくるアイアにロンガは、
「そんなもん、言わずとも心得てる」
 そう胸を張って答えた。
「さぁ、案内してくれるんだろ?」
 そういって、キロの方を向く。
「はい。
 キョウコ様は大聖堂でお待ちですよ」

 

 
     Φ     Φ

 

 
「大聖堂……言うだけあってデカイな……」
 もちろん、建物のでかさでビビるロンガではない。
「では、ワタクシはこれで」
 頭を下げてから去っていくキロという男。
「ハ、まぁ、巻き込まれたくは無いよな」
 ロンガは門の取っ手に手を掛けた。

 

 
「ようこそ。ロンガ君」
 サーチェ教の聖堂には、信者席というものが存在しない。信者はミサなどでは石でできた床に正座をし、ひれ伏すようにして神に祈るのだ。
 この地形条件は、心の底から神など信じていない二人にも好都合だった。
 つまり――――
「先に確認しときたいんだけどさ、ココ……そんなに簡単に崩れたりしねえよな?」
――――好き放題暴れることが出来る、と。
「安心して。それに今日は他の人は誰もいないし、信者もたまにしか大聖堂には入らないわ」
 キョウコは長い髪の毛を後ろに流しながら言う。その顔には仮面はつけられていなかった。
「なるほど、邪魔は入らないってわけだ」
「私も、君が一人できてくれて嬉しいわ。
 ……思いっきりヤり合いましょうか」
「カタカナで言うな…… 誤解を招くだろ」
 ロンガの左手が、キョウコの右手が光に包まれる。
「そう?
 じゃぁ、思いっきりり合いましょ!!!
 光が、さらに強くなる。
「「“神器スキル”発動!!!!」」
そろう声、そして、
「【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ!!!!
「【火竜の大剣ブレード・オブ・サラマンダー!!!!
 形作られる、二振りの、されど形の全く違う、大剣。
 ロンガとキョウコの視線が交錯する。
 両者共に大剣ブレードタイプの神器スキル、宿る精霊は互いに四大元素クラス――
「(パッと見、互角ってトコかしら……)」
「(基本性能は五分――差がつくとすれば……)」
 両者の剣が、虚空を斬り裂く――
「風絶一閃!!!!」「劫火剣嵐!!!
  ガァアァッ
 炎と風の刃が激突する。
「なっ……!?
 五分に終わるかと思われたその激突は、実にあっさりとロンガの負けだった。
「うおおおおおぅ!!!
  ドガガガガガアァア!!!
 間一髪、劫火剣嵐をかわしたが、みっともなく床に手を着くハメになった。
「ほらぁ、言ったじゃない。思いっきりり合いましょってさ」
「ハ……前は本気じゃなかったのか……
(てか、そもそも“メガ”でギリギリだったんだ、押し切れるとはおもってなかったが……こうもあっさりとは……)」
「ホラ、次行くよ?」
 二方向からロンガを挟むように放たれる火炎。
「ハ!ただの炎で、オレに通用するわけねえだろ!!
 ロンガも剣を振り、風圧で薙ぎ払う。
 地面を蹴り、キョウコへ接近する。
 轟、と襲い掛かる炎をかわし、防ぎ、
  ガキィィィイィ!
 剣による小競り合いに持ち込んだ。
  ギリギリギリ……
「お前……なんで断罪者なんかになったんだよ……?」
 剣の切先はどちらにも動かないまま。けれど攻めたはずのロンガは逆に押されていた。
 何せ、身長と変わらない大きさの剣が燃え盛る炎に包まれているのだ。その熱量は半端ではない。
「それをきいてどうするの? 何も知らないボウヤの癖に!!!
「ぐっ……」
 さらにきつくなる炎。
 今も、逆巻く炎を風で防いでいなければ、ロンガはとっくに消し炭になっていることだろう。
「劫火!!
「なっ!?剣を振らずに……!?
「剣嵐!!!
  ゴガガァア!!
「がぁああああ!!!
 高く吹っ飛ぶロンガ。
 そこにさらに追い討ちがかかる。
「劫火剣嵐!!!
 逃げ場の無い空中で、ロンガの眼には襲い来る炎がはっきり映っていた。
「ぐ……!!

 

 
     Φ     Φ

 

 
 メイコの隠れ家で、アイアは向かいで机に伏したままのメイコを眺めていた。
「……メイコちゃん、生きてる?」
「はい……生きてます………」
「何か食べる?」
「いえ…食欲無いです……」
 そっけない返事にアイアは溜息を返す。
 今日アイアが戻ってきて、キョウコが使者を通じてロンガに宣戦布告をしたと聞いてからずっとこの調子なのだ。
「何で……お姉ちゃんはあんなことやってるんでしょうか………」
「多分……何かを守るため…じゃないかな」
「守るため……ですか……」
 顔を上げずにアイアの言葉を反芻する。
「どうしてそう思うんですか?」
「う~ん……なんていうか、ほんと~に、なんとなくなんだけど、そんな必死な感じがしたんだ」
「必死、ですか」
 メイコは顔を上げた。
「じゃぁ、私は、どうすればいいんでしょうか」
「さあ?それは自分で考えなよ」
 ニコリと笑ってアイアは言う。
「さぁ、って……(いきなり適当ですか)」
「ねぇ、メイコちゃんさぁ……」
「はい?」
 自分のポニーテールの毛先をいじりながらアイアは頬を緩めて言う。
「行っちゃおうか、教会大聖堂」

 

 
     Φ     Φ

 

 
  ガラッ
 瓦礫を払って起き上がる。
 キョウコの攻撃は、ロンガを容赦なく壁面に叩きつけていた。
「く……」
 【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】を横に振って持ち直す。
 体中傷だらけだった。
「ふ~ん……やっぱりタフだねぇ……」
「ハ、それほどでも」
 ボタリ、と血の塊が床に落ちる。
「お前…やっぱ強いな……」
「それはどうも」
 ニコリ、と笑み。
「ハ、劫火剣嵐……単純に炎を刃にするのではなく、小さな炎の刃の集合体か」
「へぇ、気付いたんだ。流石ね。
 そう、劫火剣嵐は【火竜の大剣ブレード・オブ・サラマンダー】の炎を固めて圧縮して作った小さな刃の集まり。
 その刃の一つ一つが小さいけれど爆発性があることも……気付いたでしょうね」
「なるほど、固体でないもので刃を作ろうとすれば、どうしても切断力は落ちてしまう。けれどコレなら殺傷力は補えるってわけだ。
 (それどころか強くなってる気がするし!      
 しかも一つの塊じゃないおかげで、相殺するのも難しい……)」
 歯噛みするロンガ。だが、その頬は吊り上っていた。
「(やっぱ楽しい!!小細工じゃねえ、知恵と力を使って戦う感覚!)
 ハッ!次こそオレの番だ!!!
 喰らえ、ギガ・・・咬・スラッッシュ!!!
!!!!
 切先が、地面すれすれを通る軌道で、薙ぐように振られた剣から放たれた風絶一閃。
《ゴォオオォオオォォォオオオオ》
 それは、“メガ”のときのような、一つの塊とは違い、いくつかの風の刃が纏まってさらに大きな刃を形作っていた。
「望むところだッ!!
 劫火!!!剣ッ嵐!!!!
 おもいっきり剣を振って放たれたソレは、今まで一番デカく膨大な熱量を誇っていた。
「「おおおおおおおおおおお!!!!!」」

 
      《ドガァッ!!!!!!

 
 大聖堂を揺らす、大きな音。
 魔力により生成された風と炎が、互いに限界を超えて弾けた。
「ぐっ……!!(五分…!?あの子は……!!?)」
 埃や煤で数瞬遮られていた視界が明ける。
 そこにロンガはいなかった。
 ただ、キョウコとロンガの間、ちょうど中間辺りの床には深々と、ロンガの大剣が突き刺さっていた。
「逃げ…… ちがっ… !!!
 反射的に、上を見る。
《ゴオオオオ》
 その剣は、はっきりと風を放っていた。
 それどころか、その剣を中心に、大聖堂を埋め尽くすほどの風が逆巻いていた。
「うおおおおおおおおおおお!!!!!!
 上空から風を纏って落ちてくる、否、突っ込んでくるロンガ。
「風絶!散刃!!!!
「さ…散刃…!?
 壁に、床に、天井に、風による刀痕がついてゆく。だが徐々に、風の刃が精製される範囲がロンガの周りに限られてくる。
 やがて、ロンガ自身が幾筋かの刃を纏うような形になった。
「おぉおぉぉおおおおお!!!!
「あァああああ!!!! 劫火剣嵐!!!!
 もう幾度目かもわからない――風と炎のぶつかり合い。
 けれど――
「(な、破れ、ない……!?)」
 “炎を圧し固めた刃の集合体”である劫火剣嵐が、ロンガの腕、いや身体に纏わる風の刃に削り取られていく。
「な、なんで……っ!!
 いや、劫火剣嵐は相殺以上の働きはしていた。ただ、ロンガの風の刃の数が減らないのだ。
「いけぇええぇぇええ!!!

 

 
     Φ     Φ

 

 
 結果から言えば。
 キョウコとロンガの、最後のぶつかり合いは、ロンガの勝ちだった。
 けれどそれは、ロンガの納得のいく決着ではなかった。
 風絶散刃。この技は、地面に突き刺した剣を中心に風を発生させ、ロンガの意志で魔力を込めて、風の刃を作り出すものである。
 故に、“一閃”よりも一発の威力は弱いものの、より連続した波状攻撃が可能なのだ。
 そのため、次々と作り出される刃のすべてをキョウコの劫火剣嵐で圧し切ることができなかった。
 反面、風を起こす起点となる大剣から離れるため、細かな操作は難しく、炎を削り取ることはできても、狙ったところに正確に当てるのは難しかった。
 決め手となったのは。
 ロンガが魔力の連続使用に限界を感じる直前、乱暴に放った、文字通りの一閃だった。
「ゴフッ……!! ぐ、はぁ、はぁ……」
「ち……気にいらねえな」
 胸から血を流し、床に仰向けに倒れるキョウコに、おなじく床に腰掛けたロンガが話しかける。
「風絶散刃は扱いが難しい。扱いが難しいってことは、無駄な魔力消費がデカいってことだ」
 ロンガの身体は、キョウコ以上にボロボロだった。
「……あのままやってれば、魔力切れでオレの負けだったんだ」
「…………」
「なのにお前は、途中でわざと炎を緩めただろ。そのおかげで、散刃を打ち込む隙ができた」
「……ただ……『疲れた』と思っただけよ」
「………訊いてもいいか、なんで“断罪者”になったのか」

 

 
     Ж     Ж

 

 
 私が、初めて“神器”を使ったのは十一歳のとき。
 そのときから私には、いや……多分その前から、私には居場所がなかった。
 もともと少ししか使えなかった魔法も、その日からなぜか全く使えなくなった。
 魔法使いウィザード家系なだけで、教会や信者達からは白い目で見られるのに、“更なる異端”が家に居ることが世間に知れたらどうなることか。
 何年か経ったある日。
 夜遅く外から帰ってきたお父さんの機嫌は悪かった。
「教会のカタブツどもめ……
 異能者狩りだと?ふざけやがって……」
「お父さん、異能者狩りって何の話です?」
「どうもこうも、この街から魔法使いウィザードや魔術研究者を残らず追い出す気だ。
 すでに何人か断罪者が集まってる」
「……ココも危ないんじゃないんですか?
 ……あの子のこともありますし……」
 聞いてしまった。
「そうだな……“魔法使いウィザード”がいるってだけで、教会からしたらもう家ごと、格好の迫害対象だ。全く……不幸な子だよ」
 聞いてしまった。
  キィ
「「!!」」
 もう寝ていると思っていたのだろう、小さく開いた扉の音にお父さんとお母さんは驚いた様子で振り向いた。
「キョウコ……」
 聞いてしまった。聞いてしまった。
 きいてしまった。きいてしまったきいてしまったきいてしまった。
――――もう、この家にはいられない。

 

 
     Ж     Ж

 

 
「なるほど、それで家を飛び出して協会に助けを求めたわけだ。
 親を殺したのも教会の?」
「ええ。『穢れた血で神の加護を受けることは許されない。自らの血族の血をもって、穢れとの決別をせよ』なんて、大層なことを言われたわ……」
「……」
「でも、メイコだけは……メイコだけは、どうしても……」
 キョウコの目には、涙が滲んでいた。
「アイツは……結構しっかりやってるみたいだし、気にしなくてもいいんじゃないか?
 お前らならこの街出てもやってけただろ」
「逃げるの?教会から? はぁ
 ……無駄よ。私が“断罪者”を続ける理由の一つが、人質よ。もちろん正しい意味じゃないけれど、本気になれば私やメイコの命なんて軽く吹っ飛ぶわ」 
「……ふざけるな」
「……!!
「何だお前、結局怖いだけか?
 バカ言ってんじゃねえよ。
 少しでも今の状況を変えたいと思うなら、自分で変えに行ってみやがれ!!自分の足で歩いて見やがれ!!
 臆病なお前に巻き込まれる奴らはたまったもんじゃねえんだよ!!
「ロンガ……
 そうね、ホントにそう。もっと早く……気付いていれば……」
 そこまで言って、キョウコの意識は途絶えた。その目から流れた涙が顔に筋を残していた。
 その顔を見下ろしてロンガは、
「ハ、辞世の句でも詠んだつもりかバカめ。
 急所も一応外れてるし、それほど大きな傷でもない。すぐに治療すれば、大方死なんだろ」
 そう独り言を言った。
 ロンガの耳には、二人分の足音と、扉を開く音が、はっきりと聞こえていた。

 

 
Ψ     Ψ

 

 
 二日後――
 私たちはゼドソンを出ることになった。
 一命を取り留めたキョウコさんは、メイコちゃんとも仲直り(?)したみたい。
 これからどうするのか、どうやって罪を償うのか、二人で話し合っていくそうだ。
「アイアさん、ロンガさん、またいつかお会いしましょう」
「うん。 今度はもっとゆっくりお話しようね!」
「ロンガ、ちょっと……」
「ん?」
 キョウコさんに手招きされ、耳を近づけるロンガ。
  ボソボソッ
「~~~~~~~!!!
 一気に真っ赤になった。普段の肌が白いせいか、すごく分かりやすい。
「え!?なに、何言われたの!?
「フフフ、それは秘密よ、アイアちゃん」
「……ホントに何言ったのよお姉ちゃん…
 ロンガさん茹であがった海老みたいだよ」
「ハ、な…にゃんでもねえよ……」
 その程度の台詞で噛む辺り、絶対なんでもなくないだろう。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
 セドソン西門で別れを惜しむロンガ達を、遠目から見つめる視線があった。
 西門近く、喫茶コーズ。
 その窓際の席で、コーヒーをすするキロ・ウッドビレッジ。
 キョウコがロンガを呼ぶために遣った、教会信者である。
「ええ……はい。いまからセドソンを出るようです。……ええ、“火竜サラマンダー”は負けたみたいですが生きてます」
 テーブルに置かれた、髑髏をかたどった蜘蛛。その腹から出る二本の太い糸。その先端は膨らんで小さな玉になっており、キロはそれを耳にはめていた。
「成長率で言えば“風霊シルフ”よりも“火竜サラマンダー”のほうが今回はよかったようですね。
 もっとも、“風霊シルフ”の方の基本スペックも侮れませんが…………はい……了解です。
 次は直接接触してみます。
 ……大丈夫ですよ、殺してしまうことは無いでしょうが、こちらが負けることはもっと無いです。……ええ、それでは」
 長らく、独り言のように何者かと会話してから、キロは向かいの席に座る女に声をかけた。
「グラム、そろそろ行くぞ」
「ん~、わかった~。
 でも後、三皿は食べさせてぇ~」
 グラムと呼ばれた女の前には、すでに建築材料十二皿の塔ができていた。
「……どう考えても食い過ぎだ……」
 キロと比べて数段は若い、いや、幼いこの少女の何処に朝っぱらから十五皿もの料理が入るというのか。
 しかも、すべてディナー級の量と、バカにできない金額の物だった。
「ハア……あ、そうだお前、ムラマサはどうした?」
「ん、それならあそこ~」
 そういってグラムは、店のカウンターのほうを指差す。
 全身真っ黒なソイツは、なんと店の主と談笑していた。
 しかし、そいつには小さな翼があり、大きな耳があり、挙句の果て、二本の尻尾があった。つまり、翼の生えた黒い猫又、である。
「ムラマサ、そろそろ行くぞ」
「ん?そうか。うむ。楽しかったゾ店主よ」
 小さいせいか、その翼には飛行能力は無いらしく、普通の猫よろしく、床に下りてキロのほうへ歩いてきた。
「さぁて……
 では、[暴食のキロ]始動しますか!」

 

 
 暗雲が、立ち込め始めた。

 
            第二閃――終わり

 

 

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