【精霊憑きと魔法使い】第一閃

 

第一閃『精霊憑きと魔法使い』

 
「ばけ・・・もの・・・・・・」
オレはそのとき地獄の中で理解した。
 オレも目の前の男も『化物』なのだと。
 だが、目の前の男は「違う」と言った。
「お前は精霊に、神に選ばれた。
 だが『違う』。
 私の求める精霊はお前ではない」
 男はおもむろに右手の剣を振り上げ、そして、オレに向かって振り下ろした。

 
 そこから先は覚えていない。
 そこにあったのは赫さを増しただけの変わらない地獄。
 オレの左手には精霊――否、化物が握られていた。
 
 左手の大剣に、血は付いていなかった。

 

 
                    

 

 
 アイア・シルストームは魔導師である。
 もっとも、この世界では別段珍しいわけではなく男も女も一緒にして“魔法使いウィザード”と呼ぶ事になっているのだが。
 特徴的な大きなポニーテールと、首に下げた水晶をあしらったネックレスを揺らしながら、
ファートスと呼ばれる街の大通りを歩いていた。
 そこまで大きな街ではないとはいえ、人通りの多くなる時間の大通り、雑踏はうんざりするのに充分だった。
 薄暗い路地に入って溜息一つ。
「まさか早々に迷子とは・・・」
 どうやら、人を探しているようだ。

 

 
 ロンガ・シーライドは剣士である。
 もっともそれは自称であり、彼は剣どころか一本のナイフすら持っていないのだが。
 耳を覆い隠すほどの髪は根元から毛先まで真っ白だった。
 着ている服も白く、男には似合わぬほどに肌も白かった。
 円形をしたファートスの街で、人通りを避けて歩きながら気だるそうに呟く。
「オイ・・・アイツ、どこ行きやがった」
 こちらも、人探しの途中のようだ。

 

 

 
 ほんの少し前。

 
 ファートスの街を取囲んでいる鬱蒼とした森――正確にはその森をくり抜くようにしてファートスの街を造ったのだが――で、アイアは森の大木に背中を預けていた。
 歩けないほど痛む左足を憎々しげに睨む。
「くそ、崖から足を滑らせるなんて・・・」
 まだ朝方なので、夜になる心配はしなくていいが、このままここにいては獣や怪物の類のいい餌食になる。その前にここを離れなければ。
 焦る気持ちに唇をかむが、一向に足の痛みは治まらない。
 魔術の修行は故郷で三年程こなしては来たが、別に旅慣れているわけではないので、彼女にはこの状況がすでに危険なものだとは解らなかった。
    ズルリ、ズルッズルル、ズルリ
《ガルァアアアアアアアアアアアアアアア》   
「・・・え・・・・・・・・・?」
 現れたのは。でかい、アイアを十数人は飲み込めそうな大蛇だった。
「な・・・ちょっと・・・今、魔法使えないのに!!
 万全の状態の彼女ならば。 
 追い払う事もきっと出来た。
 だが、今は魔法を使用する際の媒介となる杖も折れて、怪我で立つ事さえもままならなかった。
《ガルァアアアアアアアアアアアアアアア》
 大蛇は吼える。
 鎌首をもたげ、大口を開け、狙いを定め、弾丸のような速度で獲物へ襲い掛かる。
「ひっ・・・・・・!!

 
ズ、バン――――――

 
 恐怖につぶった眼を再び開けたとき、そこにあったのは白い髪の少年の後姿だった。
《ヴァルアァアァアアァアアアアアァァアアアァアアアアアア》
 左眼を縦に斬られた大蛇が痛みに暴れる。
 少年の左手には、身長と同じぐらいの諸刃の剣が握られていた。
「(え・・・今、斬ったの・・・?)」
 その剣で、その持ち主が大蛇の眼を斬ったことは明白だったが、その剣に一切の血液や体液の類はついていなかった。
「なぁ・・・アレ、お前の獲物だったりするのか?」
 少年は大蛇を指差し、唐突に問う。
 激しく首を振って否定するアイア。
 それを見て少年は
「そうか。じゃ、いただきます♪」
 と、チロリと舌を出して言った。
 
《ヴァルルルルルルルル・・・・・・》
 痛みのピークを過ぎたのか大蛇は低く唸り、残った眼で食事の邪魔をし、片目をつぶした犯人を睨む。
  ――――ダァン!!
 助走もつけず、バネが弾けるように、少年は跳ぶ。
 それに呼応するかのように、高い位置にあった大蛇の頭が、牙が、始めにアイアへ向かったのと同じ速度で再び襲い掛かる。
 今度は獲物ではなく、害敵に向かって!!

 

 
     Φ     Φ

 

 
    ガツガツ、ぐにっ、ブチッ、
    ガツガツ、ゴクッ

 
「・・・えっと・・・その、ありがとう。助けてくれて」
 アイアは迷ったように、目の前の白髪の少年に話しかけた。
「ん? 別に。オレは腹減ってたからさぁ。あの蛇、喰おうと思っただけ」
 今や横たわる大木のような大蛇の屍を指差し言う。アイアが熾した火で焼いた蛇の肉をガツガツとむさぼりながら。
「・・・・・・・・・」
 アイアが言葉に詰まったのは、自分とほとんど歳も変わらないような目の前の少年の台詞が照れ隠しなどではなく、どうやら本気らしいからだった。
「(じゃぁ、お腹が減って無かったら今にも食べられちゃいそうな私を見ても助けなかったって事!?)」
 とは思ったが、結果的には助けられてしまっているので口には出せない。
「・・・じゃ、名前は? 私はアイア。アイア・シルストームよ」
「オレは・・・ロンガ・シーライドだ」
 もちろんその台詞は、噛み千切った肉をもぐもぐやりながら。
「・・・いきなりこんなこと言うのもなんだけどさ・・・・・・」
 少しばつが悪そうに切り出した。
「ん?」
「君・・・人間じゃないよね?」
 その言葉に、ロンガはピタリと食事の手を止めた。
「確かに・・・普通の人間ではないな。 
今じゃある程度知られてるとは思うんだが、オレは“精霊憑きスピリウル”ってやつだ」 
「へぇ・・・やっぱり精霊憑きスピリウルか。初めて見たよ」
「やっぱり・・・?」
「うん。さっきの剣が“神器スキル”だよね? いつの間にか消えてるし。実は私、少し詳しいんだよ」

 
――――精霊憑きスピリウル。生まれながらにして精神に、身体に、精霊を宿し、魔力によってその能力の一部を“神器スキル”と呼ばれる武器の形で具現化することができる、能力者。
 
「ねぇ、なんでこんな森の中にいたの? しかも私がいたところよりずっと深いところにいたでしょ」
「・・・別に。お前みたいに迷い込んだわけじゃない」
「!? なんで迷ったって解ったの!?
「冗談のつもりだったんだが!?
 本気で。
「ま・・・まぁ、いいわ・・・ あんたは街の方向とか分かる?」
「ああ。一応はな。オレもこの近くの街に用があるんだよ。迷うのが怖いなら一緒に行くか?」
「なっ、別に怖いなんて・・・・・・」
 そこまで言ってしまってから、アイアは顔を赤らめてうつむき、
「いや・・・やっぱ・・・一緒に行ってもらえると・・・助かり、ます・・・・・・」
 そう、ぼそぼそと訂正した。

 

 
 しばらくの後。
 ファートスの街に着いた二人は別行動をとることにした。
 といっても、今さっき会ったばかりなので親しいわけではなく、さらにロンガからしてみれば、ただ気まぐれで街まで送ってきただけなのだが、アイア曰く、礼をしないと気が済まないそうなので後で落ち合う約束をしたのだった。

 
「て言うか・・・たった二行の空白で街に着くなんて・・・今まで迷いまくってた私は何なの?」
 ぶつぶつ言いながら宿のチェックインを済ます。
「結構旅慣れてたみたいだけど、結局目的とか聞けなかったな・・・」

 

 

 

 
「やぁ。久しぶりですね。ロンガさん」
 貼り付けたようなにこやかな笑顔で、店の店主は言った。
「ほら。約束の」
 ドサッ と、無造作にカウンターに置いたのは、金貨の詰まった袋。
「へぇ・・・ホントに一ヶ月で集めてくるとは。一体どんな悪いことしたんですか?」
「御託はいい。さっさと話せ情報屋」
 表向きは酒屋。裏ではアブナイ情報屋。この世界にはそんなのいくらでもある・・・ってことで。
 ただ、ロンガのいる情報屋は金さえあればどんな危ない情報でも集めてくると評判だった。あくまでも裏社会で。
「・・・・・・・・・・・・」
 しかし、カウンターに座る男は一言も発さず、心なしか冷や汗をかいているようだった。
「・・・?・・・・・・どうした。まさか集まらなかったのか?」
「いえ・・・
そう言うわけではないんですが・・・」
 チラリ、と開けっ放しの入り口を見やる。
 それにつられロンガも振り返るとそこにいたのは、
「・・・・・・!!
 筋骨隆々、スキンヘッドのいかにも悪役風な大男だった。
「貴様・・・バラしたのか!?
 再度振り返り、情報屋へ怒鳴る。
 未だカウンターに座り、顔の笑みも消えてはいないが今度は確かに、
ダラダラと冷や汗をかいていた。
「いや・・・けっしてバラしたのではなくてですね・・・・・・」
「バレたんだよなぁ・・・」
 店主の言葉を引き継ぎ、店の奥から現れたのは、線の細いひょろりとした、これまた張り付いたような笑顔が特徴の金髪の男だった。
「駄目だよなぁ、仮にも政府高官の情報を盗もうだなんて」
「・・・・・・盗もうとしただけなんだけどなぁ・・・」
「だから見逃せと? それは無理だね。
ご本人様から見つけ出して始末しろとのご命令だからな」
「なるほど・・・危険因子は潰しとけってかよ・・・」
「ハッ・・・その通り。やれ、ガーム」
 その台詞を合図に、ガームと呼ばれた初めの大男は握りこぶしを高く振り上げて、
「“神器スキル”発動、【火蜥蜴の戦斧アクス・オブ・フレアリザード】」
 と、言うと同時にロンガに向かって振り下ろした。
    バキィィッ!!!
 振り下ろされた腕にいつの間にか握られていた斧がロンガからはずれて、店の床を破壊する。
 その斧の刃は炎に包まれていた。
「“精霊憑きスピリウル”か・・・・・・!
 間一髪、斧をかわしてそう言った次の瞬間、
「ぐああああああああ!?
 右肩の鋭い痛みと共に体中に走る電撃。
「“神器スキル”【雷光の短剣ダガー・オブ・スパーク】」
 膝をついて、歯を噛み締め右肩に刺さった短剣を引き抜くロンガ。
その短剣を投げたのは、言うまでも無く後から現れた方の男である。
「く・・・・・・」
 ひょろりとしたその男は、下卑た笑いを浮かべてこう言う。
「どうした。お前も神器スキルを出さないのか?」
 明らかに自分達が有利であることを確信している笑み。
「くっ・・・・・・仕方ないか・・・」
 その言葉とは裏腹に、ロンガは楽しそうな笑みを浮かべそう言い、さらに続ける。
「・・・“神器スキル”発動・・・・・・」
 水平に上げた左腕の拳が光る。
「【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ!!
 光が形作ったのは、大蛇の時と同じ、左右対称、諸刃の大剣。
 違うのは。その剣が纏う、風。その風圧だった。
 大剣の具現化の直後、ひょろりとした男に貼り付いていた笑みは信じられないものを見た時の苦笑いに変わった。
「な!!! し・・・風霊・・・!?
「バカな・・・こんなガキが、四大元素クラスだと!!?
「ヒ・・・ヒィィィィ・・・・・・」
 そろって驚きと恐怖の声を上げる、
【雷光の短剣】の男とガームという大男、そして蚊帳の外だった店の店主。
「“精霊憑き”の能力は先天性だから、年齢は関係ないだろうが・・・」
 機嫌を害したように言う。
「そうだ、年齢だ! 風霊シルフなんて高ランクの精霊を、こんなガキが使いこなせる訳ねぇ!ガーム! 今のうちにぶっ殺すんだ!!
オオォオォォオオオオオ!!!
 火力を上げた燃える斧がロンガへ襲い掛かる。
   ガギィィィ・・・・・・ン・・・
 大剣を盾のように使い、難なく攻撃を受け止める。
「な・・・・・・!?
驚きの声はあっさりと攻撃を防がれたからではなく、その剣が纏う風によって簡単には消えるはずの無い火蜥蜴の炎が掻き消されたから。そして、その風圧によって斧本体が剣に触れる前に著しい減速を余儀なくされたからである。
 大剣を包む風圧が上がる。
 【火蜥蜴の戦斧】を薙ぐような一太刀で破壊し、そのまま右手を添えて突きの動作。
「くっ・・・!!
 ガームは間一髪、後ろに跳んでギリギリのところで切っ先をかわした。
「吹っ飛べ!!! 突風!!!
「な!? ガ、ガァァアアァアアァア!!!!
 大男は、盛大に吹っ飛んだ。
 店の壁を破壊せんがごとき勢いで。
 確かにガームは剣の切っ先はかわしたが、
圧縮された風による、大砲のごとき突きまではかわせなかった。
「フン。なんだ、結局雑魚か」
 視線を金髪の男に向けるロンガ。
「それで? お前は、どう料理されたい?」
「く・・・くそ・・・」
 今や苦笑いすら消えた怒りと恐怖の顔で、本来なら取るに足らぬはずの少年を睨みつける。
「この・・・覚えてろよ! 絶対後悔させてやるからな!!!
 最後まで名前が出てこなかった短剣の男はベタすぎる、いかにも悪役の捨て台詞を吐いて店の裏口から消えていった。
「なんだったんだあいつは・・・・・・」
 風霊を宿す白髪の少年はそうぼやいてから
最後まで震えていた店主に向かって、
「またいつか来るから、その時はよろしく」
と言い残したのだった。
  
 
     Ψ     Ψ

 

 
 太陽は沈みかけ月は上りかけ、いつの間にか時刻は約束を過ぎていた。

 
 杖の新調したり旅の道具そろえたりしてたら遅くなっちゃった。
「無視して帰ってないといいけど・・・」
 待ち合わせ場所は、街の中心の広場。
 なんかベタな気が・・・・・・
 広場をくまなく見て回ったが、結局ロンガの姿を見つける事はできなかった。
「・・・まだ来てないのかな・・・」
 ボソッとつぶやきながら、自分でもばかばかしいと思いながらも狭い路地をのぞいてみたりする。
「・・・どうしようかな・・・」
 諦めて宿に戻ろうかと思ったとき。
   バチィイィッ
「――――!?
 首筋に走った鋭い痛みに、その場で倒れてしまった。

 

 
     Φ     Φ

 

 
 太陽は眠りにつき月が顔を出し、いつの間にか夜と呼べる時間になっていた。

 
 右肩の処置に随分と時間がかかってしまった。慣れてないことはダメだな、全く。
 とっくに時間は約束を過ぎていた。
「今ならまだいるかと思ったんだが・・・」
 やはり諦めてどこかにいったのか。
 ふと、今朝知り合ったばかりの奴を焦るような気持ちで探している自分に気付く。
「バカみたいだな、オレは」
 そもそも気まぐれで知り合った仲だし、本当ならこちらが無視してやるところなんだが
・・・・・・・・・・・・。
 このやるせない気持ちは何だ?
 今までずっと一人で旅をしてきたしそれで不便もなかった。
 むしろ連れなど足枷に他ならない。
 こちらも諦めて、今夜泊まるところを探そうとしたとき。
 そのとき。
 家路につく人の群れの中で、見覚えのある顔を見つけた。
 ひょろりとした背格好、金髪で、顔に張り付いた他人を見下すような笑顔。
 間違いなく。オレを襲った二人組の短剣の男だった。
 その男がじゃらりと、手に持った物を胸の前まで上げた。それは、紛れも無く、アイアがつけていた、水晶の首飾りだった。
「貴様・・・!!
 オレが気付いた事を悟るやいなや、金髪の男は走り出した。
 逃がすものか。
 脚力には人並みならぬ自信がある。
 しかし、男のほうも逃げきれるとは思っていなかったようで、いまは使われなくなったと見える、廃墟となった教会へ逃げ込んだ。

 

 
     Ψ     Ψ

 

 
「追いかけっこは終わりか、ゴミクズ」
「・・・俺にはアルフレッド・ラインって名前があるんだがな・・・ 今は関係ないか」
「・・・なんでお前がアイアの首飾りを持ってるんだ?」
「それは・・・本当に偶然なんだよ」
 頬を吊り上げたままアルフレッドは言う。
「確かに俺達はお前を殺しに来たが、お前の顔を知ってたわけじゃない。情報屋の店主から聞いたんだ。 だけど、お前の白ずくめは少し目立つからな。情報屋に行く前に少し見かけたのさ」
 アルフレッドはその笑みをいっそう強くして、言う。
「それを、そいつが覚えてた」
  ドッ――――
「ガふ・・・・・・っ!!!
 ロンガの背後から、不意打ちををしたのは
火蜥蜴フレアリザードを宿す大男、ガームだった。
「ガハハ、どうだ【火蜥蜴の戦斧アクス・オブ・フレアリザード】の味は。 喰らうのは初めてだろ」
「く・・・クソがぁ・・・」
 脇腹を切り裂いた傷と火傷は、急所こそ外れていたものの、二人の“精霊憑き”を相手にするには致命傷に近かった。
「【雷光の短剣ダガー・オブ・スパーク】。 さて・・・死のうか」
 手に稲妻を纏う短剣を持ち、教会の際壇上からロンガを見下ろす。
 その視線を、ロンガは睨み返し、憎々しげに言う。
「ふざけんなよ、クソが・・・」
 獣のように低く唸って、“神器スキル”を生成つくろうとする。
「【風霊のブレード・オブ・・・」
「ウオオオオオ!!!!
「っな!?
  バギィィン!
 ロンガを狙って再び放たれた燃える斧の一撃は、教会の石の床にヒビをいれた。
 攻撃をかわしたロンガへ、今度は短剣が飛んできた。
  ドズッ バチィィ!
右腕に刺さった【雷光の短剣】の電撃が、ロンガの身体にダメージを与える。
「ぐ、がぁあぁあぁぁ!!
く・・・この・・・っ」
 ロンガはヒザをつき、右腕に刺さった短剣を抜く。その短剣は床に音を立てるより早くかき消えていた。
「っく・・・(くそ、こいつら、まさか)」
「ハハハ、その顔、気付いたか」
 その言葉の終わる前に、ロンガは右腕と脇腹から血飛沫を飛ばしながらも、床を蹴って二人と距離を取ろうとする。
「ガッハハ、にがさんぞぉ!」
 回りこんだガームが斧を振るう。
 ロンガはそれをかわすが、斧から飛んだ火花に怯んだ隙に左脚に後ろから短剣が突き刺さった。
「がっ・・・(やっぱりか・・・!)」
 倒れそうになるものの、振り下ろされた斧をガームの腕をつかんで止める。
「フッ、バカめ」
  バキィィィ
 しかし結局、ガームの空いていた左腕に殴り飛ばされた。
「(やっぱり・・・こいつら、オレに神器を使わせない気だ・・・!)」
仰向けに倒れたロンガはそう確信した。
「ハハハハ、やっぱり。風霊シルフさえ封じればお前なんて大したことなかったか」
 つかつかとアルフレッドが歩み寄る。
「剣から放たれる風でいくら斬ろうと血液一つつかず、その風圧は盾にも武器にもなる。そんな大層な“神器スキル”も使えなきゃ意味ないな」
 【雷光の短剣ダガー・オブ・スパーク】を逆手に持ちさらに迫る。
大剣ブレードタイプの“神器”はその大きさゆえ、生成に時間がかかる。 
この作戦を使うにはもってこいだ」
 ロンガは仰向けのまま、荒い息を吐いていた。すでに右腕は刺し傷と感電でボロボロ、左脚もほとんど同じで、腹の傷は血を流し続けていた。
「(隙だ・・・“神器スキル”を生成る隙さえあれば・・・!!)」
アルフレッドが腕を振り上げ、ロンガにとどめを刺そうとした、その瞬間、
「エイク・ブリザ・ウォク!!!
  バギン!!!  
 そんな音と共に、アルフレッドの腕が弾かれると共に凍りついた。比喩表現ではなく。
実際に氷漬けになったのだ。
「ひ、あ、ああ、あああ!?
 一瞬何が起こったかわからず、情けない声を上げるアルフレッド。
「だ、誰だ!?
 ガームが教会の入り口の方を振り向く。
 そこにいたのは、自分達がさらってきた筈のアイア・シルストームだった。
「ロンガ!! やれぇええええ!!!
「おぉぉおおぉぉぉおおお!!!!
 アルフレッドの顔へ、下から打ち上げるような蹴りが炸裂する。
「ぐあ・・・!!
「ヌ!?
 さらに、吹っ飛んだアルフレッドに気を取られたガームの顔面へ渾身の左ストレートが直撃する。
「ごぶぁ、ぁああぁあああ!!??
 一気に二人を同じ方向にぶっ飛ばしたロンガは、腹と右腕、左脚から血をダラダラと流しながらも、
「形・・・勢、逆・・・・・・転・・・!!
 そう宣言した。
「ぐ・・・ガーム・・・とりあえずお前の【火蜥蜴の戦斧アクス・オブ・フレアリザード】で腕の氷を溶かしてくれ、痛すぎる・・・腕が千切れそうだ・・・!!!
「あ・・・あぁ・・・わか・・・」
「その必要はねえよ、クソども!」
「「んな!?」」
 そこに、血みどろになりながらも凶悪な笑みを浮かべて立っていたのは、当然、左手に【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】を持ったロンガである。
「まぁ・・・もう全力とはいかないけどさ、
オレの必殺技、冥土の土産に見てけよ」
 そう言って、大剣を強く握る。
 剣が纏う風が強くなる。
 強く。強く。強く。
 やがて剣を包む様に回っていた風が、教会の内部全体を埋め尽くす程の、暴風に変わった。
「「「な・・・・・・」」」
 ロンガの敵の二人のみならず、アイアまでも驚きの声を上げる。
 さらに、嵐のように暴れまわっていた風が再び、ロンガが高く掲げた剣の周りに集まって来た。
 体中の傷から血が噴出す。
「ちょっ、ロンガ!?
 これだけの量の風――空気を操るのは並大抵の技ではない。
「風絶一閃・・・・・・
テラ・バイト・スラァアアアアアッシュ!!!
 大剣を振り下ろすと同時に放たれたソレは
様々なファンタジーに描かれる[飛ぶ斬撃]
の類・・・ではあったが、それらとは一線を画すものだった。
 その風量は、その迫力は、その勢いは。
 まさに竜巻。鎌鼬の竜巻。

 
ヴォオォオオオォォオオォォォオオオオオオォォォォオオオオオォォォォォオオォォオオォォォォオオオオオオオオオオオォォォ

 
 巨竜の牙のようなソレは、唸り声を上げて
アルフレッドとガーム、その背後の壁までも飲み込み、破壊した。

 

 
     Φ     Φ

 

 
 文字通り半壊した教会の中で、ロンガとアイアの二人はボンヤリと立っていた。が、その言葉通りなのはアイアだけで、ロンガの方はどう声をかけていいか分からないだけだった。
 人を超える存在、“精霊憑き”。その真価を見てしまった人間が抱く感情。
 それは最早、猛獣や魔獣を前にしたときと変わらない、恐怖。
 人間の使う“魔法”ですら、常識を超え、
使い方を誤れば使用者にすら牙をむく。
 神の創り給う、人を超える存在の能力など
理解される由も無い。
 ロンガの旅の理由には、そんな感情を向けられることを嫌っての事もあるのだ。
 やっぱり、怖いか? 諦めをつけたようにアイアにそう問おうとしたとき。
「す・・・ごい・・・・・・」
 当のアイアは、感嘆の溜息と台詞をもらしたのだった。
「は・・・? すごい・・・?」
「すごいよロンガ! あんな魔法、私の師匠でも使えないよ!!
「いや、アレは魔法じゃなくて“神器スキル”なんだが・・・」
「細かい事はどーでもいいの!」
「・・・恐く・・・ないのか・・・?」
「へ?」
「いや、あの能力とかさ・・・」
 そういわれると、アイアは逡巡の後、
「うーん・・・確かにアレを自分に向けられたら恐いけど、別にロンガ自身を恐いと思ったりはしないよ?
 それに、二回も助けられちゃったしね!」
 そういって、ロンガの腕にしがみつく。
「・・・・・・!!
 (ああ、そうか、恐れていたのはオレの方か・・・・・・)」
 そう安堵した直後、急激な眩暈に襲われて
バランスを崩してしまった。
「え、ちょ、えぇ!?
 ロンガはそのまま意識を失った。
 それも当然。彼の負った傷による出血が、
ついに立っていられる限界を超えたのだ。

 

 
     Φ     Φ

 
 
 翌日――――
   ガバッ!
 と、毛布を跳ね飛ばして、白髪の少年はベットから起き上がった。
「・・・・・・?」
 周りを見回して、自分のおかれた状況を理解する。
「ここは・・・宿・・・か。てことは、あの後・・・・・・」
  ス――――・・・ス――――・・・
「・・・・・・・・・」
 思考を寸断する警戒心ゼロの寝息。
 ロンガの寝ていたベットにもたれかかるようにして、ポニーテールをほどくこともせずアイアは眠っていた。
「えーと・・・?
 傷の手当てとかされてる所を見ると、病院にでも連れて行ったか・・・?
 いや、宿にいるところを見るとコイツが手当てしたのか・・・」
 全く・・・仮にも男なんだけどな・・・
 アイアを起こさないようにベットから降りて、部屋の戸に手をかける。
「何処に――行くの・・・?」
 背後から呼び止められる。
「まだ聞いてないよ、ロンガの旅の目的」
 ロンガは振り向かず、扉の木目を見つめて答える。
「オレの目的は・・・二つ。
 オレの能力に向けられる忌避の眼から逃れること、そして」
 まさかコレを他人に話す時が来るとは。
 適当に誤魔化してあしらうことも出来ただろうが、なぜかそんな気にはならなかった。
「とある奴を探し出して殺すことだ」
「・・・ じゃあ、あの二人は」
「まさか“探し出す”過程で恨みを買うとは思ってなかったが、まぁそういうことだ」
「これから・・・どこに行くの?」
「わからない・・・が、とりあえずセドソンの街にでもいってみようと思ってる」
「私も・・・一緒じゃダメ・・・?」
「・・・多分・・・危険な道だぞ?」
 まだ扉の木目から目を離さない。
 そんなロンガの後姿を見ながらアイアは不適に笑った。
 ロンガもそんなアイアの気配の変質に気付いたのか、ふと振り返る。
「私はさ、結構強情でね」
「・・・・・・?」
「拒否しなかった時点で、あんたの負け!
 なんと言われてもついてってやる!」
「なっ・・・はぁ!?
 急に破顔するなり、そんなことを言われては、うろたえるのも当たり前である。
「そうと決まったら旅の支度しなきゃ!
 ここからセドソンまでは、丸一日はかかるよ!」
 そう言うなり、立ち上がって、髪を結びなおす。
「ちょっと待て、そもそも何でお前はオレについてきたがるんだ!?
「んー? ソレはまぁ、またにしようよ。
 もう四捨五入で原稿用紙四十ページになるしさ」
!?!?!? 何の話だソレは!?
 アイアの言動に振り回されてる感を感じながらも、ロンガも共に昼前の街に出るのだった。

 

 
     Φ     Φ

 

 
 数十分後――――
「そういえばアイツ・・・・・・迷子キャラだっけ・・・・・・?」
 苦笑いしながら、人通りの増えてきた街を探し回るハメになるロンガだった。

 

 

 
           第一閃――終わり
 
 

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