【精霊憑きと魔法使い】第十四閃

 

第十四閃『帰還と出発』

 

「念のため言っておくけれど、この修行は成果に個人差が大きく出る。

 まぁ、そこはどんな修行でもそんなものかもしれないけれど、特にこれは素質の方に働きかけるタイプだからね――」

 グレインは、言葉通りに念を押すようにして、アイア、リックス、メイコの三人に言う。

「大丈夫よお父さん。ここにいる三人に素質が無いように見える?」

 アイアの顔には、不敵な笑みが。

「はっはっは! 頼もしい限りだ」

 そう言ってグレインは笑うが、それと対照的に、リックスはその口を真一文字に結んでいた。

「(言ってくれるぜアイア姉ぇ……僕には正直、あんな修行で強くなれたとは――――)」

「ふふ、大丈夫ですよ、リックスさん」

「……メイコ?」

 愉しそうに、メイコは笑っていた。

 怪訝に思ったリックスが、その顔をまじまじと見つめるが、「ふふ」と吐息を漏らすように笑うだけで、メイコはもう何も言わなかった。

 “励まされているのだ”そう判ったとき、リックスもまた浅い吐息を吐いた。

 その時だった。

「うっっがぁああああっ!!!

「「!!?」」

「おや」

「えっ……何!?

 吼えるような声を聞き、うろたえる三人とは対称的に、グレインは落ち着き払っていた。

「流石は“[称号]持ち”、と言ったところかな。

 キロ君。君が一番乗りだ」

「聞いて……ないぞ、グレイン……」

 声を絞り出すキロ。随分と疲弊しているように見える。

「なんで、メインのバトルより、帰ってくる方が大変なんだ畜生!!!

 グレインに詰め寄るキロ。

「はっはっは! それはかーなり個人差あるらしいからねー」

「うっわ、キロ半泣き?」

「……ヒトの苦労も知らないで引くなよアイア……」

     チャキッ

「――っと?」

 キロの目の前に向けられたのは長剣の切先。

 当然、リックスの魔導具である。

「気安くアイア姉ぇを呼ぶな(^^)」

「ちょっ!? ……そういやそんな設定もあったな……」

 アイア限定シスコン設定。

 早くも忘れ去られかけている設定である。

「……それ以前に顔文字は反則じゃ……?」

 アイアの方をちらりと見ながら、メイコは言った。

「はは……横書きでよかったわね……」

 

 

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「く、あぁっ……っ」

 キョウコがキロとは対称的に、緩やかな欠伸と共に、背筋をのばして起き上ったのは、それから20分ほど後。

 ロンガが重そうに頭を振って、這い出るように起きてきたのは、そのさらに五分ほど後だった。

「おはよ、ロンガ」

「おう……おはよう」

 アイアの言葉に軽く応え、キロやキョウコたちを見やる。

「なんだ、遅かったなロンガ」

「まったく、待ちくたびれたわ」

「いや、お姉ちゃんが起きたのもついさっきだからね?」

 ロンガ以外の五人は、ロビーの石の床に敷いた毛布の上に座り、茶を啜っていた。まるでピクニックのようである。

「ハ、いいのかよ、そんなことしてて」

 そう言いつつも、皆の輪の中へ入っていくロンガ。

「はっは! まぁ、できることはしたし、あまり根を詰めてもいいことはないからね」

 とは、紅茶のカップを掲げながらのグレインの台詞。

「少しは休息も必要、というわけだ」

 キロもグレインと口をそろえた。

「ふーん……まぁ、それもそうか……でも、あまりゆっくりはしてられないんじゃないか?」

 その台詞は、アイアがカップに注いだ紅茶を受け取りながら。

「確かに、キアラも心配だしね……」

 そう言うと、アイアは遠くでも見つめるように眼を細めた。

「ああ……」

 ――――落ち着いてるな……もうちょっと慌ててもいいと思うんだが。

 アイアの顔を見てそんな風にロンガが思っていた時、

「結構なだめるのに時間かかったんですよ」

 と、メイコが耳打ちするように言った。

「ハ、そうなの?」

「ええ、もう一人で屋敷飛び出すぐらいの勢いでしたから」

「…………」

「私とリックスさんで、ほぼ押さえつけるようにして止めましたけど」

「ふーん……ぶふっ!! くふふっ くく、ぐがはっ! ごほッごほ……」

 急に(むせ)て、紅茶を噴き出すロンガ。

「ロンガさん……!?

「く……くくく……フハハハ! ダメだ、面白すぎる、その図……!!

 くく……あはははははは!!!

 腹を抱えて、転げ回るように笑うロンガ。

「流石に笑いすぎですよ……」

 メイコは呆れたように眼を細めた。

「なにがそんなに面白いのよ?」

 当のアイアが不思議そうに。

「なにがってお前、くく……メイコとリックスに押さえつけられて必死のもがくお前の様がだよ」

「……なんか、ムカつくんですけど……」

「はっはっは!」

「まだ笑うか!」

「いや、今のは、あっちだ」

 そういってロンガが指差したのは、アイアの父、グレイン。

「はっはっは! さて、ロンガ君」

「ん?」

「そろそろ動けるかい?」

「ハ、動けるも何も」

 ズッ、と、カップに残った紅茶を飲みほして、

「オレら、ずっと寝てたんだぜ? 寧ろ今すぐ暴れ回りたいぐらいだ」

 鋭い笑みをその顔に浮かべて言った。

 グレインはその言葉には笑みを返すに留まり、視線を横へ動かす。

「同じく。いい加減走り出したい衝動を抑えるのも限界だ」

 その先にいたキロはそう言って立ち上がった。

「あら奇遇ね、私もそんなところよ」

 キョウコのその台詞は、クスクスという笑い声に紛れて。

「はっはっは! これは随分と頼もしそうだ」

 グレインもひとしきり笑うと、「さて」と、キロと同じように立ち上がった。

 しかしそこで、何かを思い出したのか思案顔をして、やがて

「ちょっとみんな、待っててくれるかな」

 そういって一度奥の部屋へ引っ込んだ。

 そうして、またロビーに戻ってきた時、グレインの手には、白く、花のような装飾の刻まれた杖が握られていた。

「お父さん、それ……」

 アイアが、引き寄せられるように立ち上がった。

「うん。アイア、君のお母さんの使っていた杖だ。

 ずっと仕舞っておいたんだけど、キアラを救うためだし、これは君に使ってもらおう」

「お母さんの……杖……

 うん! 私、頑張るよ、お父さん!」

 アイアの言葉を聞いたグレインは、ただ、微笑んでいた。

 

 

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「もう一度だけ聞こう。準備はいいね?」

 グレインの言葉に、他の六人全てが神妙な面持ちで頷いた。

 それに返すように頷いて、グレインはロビーから正門へ続く扉のノブに手をかける――――

「――――! まて、グレイン!!!

 ロンガがそれに気づき、グレインの動きを制止する――が、それはいささか遅く。

 槍のような稲光がドアを突き破り、グレインの左腕を掠め、後ろに飛び退いたキョウコの足元に堕ちた。

「な、なんだ!?

 状況を飲み込めないまでも、明らかな敵意に、リックスは腰の長剣を抜く。

「ち……どうやら先手を打たれていたみたいだな……」

 キロが憎々しげに呟く。

 破壊されたドアからロビーへ足を踏み入れる、招かれざる客。

「かっか! やっと出てきた出てきたぁ!」

「全く。出てくるまで待ってろ、なんて、イミルさんも慎重すぎる」

「何であろうと。神に仇為すものを。裁く。のみ」

 恰好は様々だが、放つ雰囲気、匂いは傭兵のもの。即ち、明らかに『七罪星』の手のものが20人ほど。

 そしてそれとほぼ同数の、黒いレザーのコートで統一され、マスクで顔を覆った集団。神の名のもとに、異能を以って異能を消す、“断罪者”達だ。

「ど、どうして傭兵集団の『七罪星』と教会勢力の“断罪者”がいっしょにいるの!?

 アイアが喚くように言う。

「ハ、傭兵にまで助けを請うようになったか、教会の黒い(いぬ)ども」

 ロンガの吐き捨てるような言葉に、最も前にいた“断罪者”の一人が弾かれるように前に一歩を踏み出して言った。

「違うぞ、そこの白髪(しらが)……」

 マスクのせいかくぐもってはいたが、その声には聞いたものをその場に貼り付けるような、そんな重さがあった。

「我らは利害の一致により、“一時的”に手を組んだに過ぎん……

 危険因子、ティレイ・シルストームとそれに加担するものを始末するためにな……」

「やっぱ姉ぇちゃん繋がりか……」

 そういったとき、アイアは苦虫を潰したような顔をしていた。

「ハ、どうやら、そのティレイが『七罪星』側なのは知らないみたいだな」

 相手側には聞こえないように、ロンガがアイアに耳打ちする。

 二人の“断罪者”を自分たちの前で倒して見せたのも、今となっては、この状況を作り出すための伏線だったのかと思えてしまう。

 少なくともここに“断罪者”が数をそろえてやってくるのに十分な理由になるだろう。

「かっか! まぁ、そういうことで!

裏切り者キロを含め、全員大人しく死んでくれや!」

 傭兵の男が一人、指輪をした手を頭上に挙げる。

『『オオオォォオオオオオオ!!!!』』

 それを合図に、ずらりと現れる、精霊の宿る種様々な武器。

 光を放つ、杖や本やよくわからない魔導具たち。

「ふん、仕方ない。喰らい尽くしてやるから、覚悟しろよゴミども!」

「丁度いいわ。あなたたちで試し切りならぬ試し焼きをしてあげる!」

 凶悪な笑みを浮かべて腕を振り上げるキョウコと、構えをとるキロ。

 それに応ずるように、“断罪者”の一人が大きく杖を振り上げ、呪文を詠唱する――――

「〈雷属性(レザンド)巨大(レオ)()……ぐぎゃああああああああああああっ!」

 ――――が、それは彼自身の絶叫でかき消された。

「「―――――!!?」」

「な、なんだぁ――――!?

 驚きの声は、両陣から。

 そこにいる誰一人として、その攻撃を捉えた者はおらず、誰一人としてその光景を理解できたものはいなかった。

 それ程に、速く、鋭く、そして巨大だったのだ。

 “断罪者”を引き裂いた氷柱の群れは。

氷属性(エイク)―――雹爪巨刃(レオ・クリス・ネイル)――――……

 ふむ。やはり解放なしでは、40%も威力が出ないな」

 そう涼しく言ってのけたのは、グレインだった。

「ハ――――(40!? 人間一人をズタズタにするのがか!?)」

 ロンガですら、苦笑いを浮かべ動きを止める中、逸早く我に返ったのは、『七罪星』の中の一人だった。

「ひ、怯むな! この数の差だ! 恐れることは何もないッ!!

 その声に、まるで凍りついていた川に亀裂が入り、流動を始めるように、固まっていた軍勢から雄叫びが上がり始めた。

「ふむ、これはまずいね……ロンガ君にアイア、それにみんな、ここは僕に任せて先に行ってくれないかい? 裏門からなら出られる筈だ」

「お父さん?」

「この人数(かず)――それに、あえて僕たちが屋敷を出ようとするまで待っていたこと――十中八九、時間稼ぎの為の刺客だ……」

 視線は相手に向けたまま、何時になく重い調子でグレインは言う。

「つまり、時間を稼がなければならない理由が、向こうにはある――――」

「……キアラが危ないかもしれない、ってこと?」

 アイアの目が見開かれる。

 キロも大きく舌打ちをした。

「グラムも――――」

「急ぐんだ。下手をすると、“時間切れ”も有り得る!」

「でも、お父さん一人で……」

『逃がすかよぉおぉお!!!

 傭兵と“断罪者”の群れの中から、六人が一気に飛びかかってくる。

 その手には、“神器(スキル)”と思わしき武器が。

「〈氷属性(エイク)雹爪連刃(ガトル・クリス・ネイル)!!!

 氷の刃の六連射。

 六人の“精霊憑き(スピリウル)”を全て討ち落としたのは、リックスだった。

「おお! ホントに威力上がってやがる!」

「リックス……」

「と、いうわけで、アイア姉ぇ! 僕もここに残る! 二人いれば、まぁ、なんとかなるでしょ」

 そこまで言うと、ふい、とリックスはアイアに背を向けた。

「だから……キアラを――――よろしく頼む」

「――――!! うん!」

 アイアは力強く、頷いたのだった。

「早く、行きましょう!」

 メイコの声に、ロンガ達は移動を始める。

 が、ロンガ一人、途中で立ち止まった。

「ロンガさん!?

「ハ、心配しなくても行くさ。でも、その前に――――」

 そう言って、ロンガはおもむろに屈むと、

「『白髪(しらが)』っつたろ、このマスク野郎!!!

 立ち上がると同時に。

初めにロンガと言葉を交わした“断罪者”に向かい、拾ったティーカップを投げつけた。

「ぷがっ!」

 目を見張るほどの剛速球。

 カップは砕け散り、“断罪者”は昏倒する。

それを突き刺すように指差して、

「銀髪と言え、馬鹿野郎!」

 そうとだけ叫ぶと、皆を追いかけるように駈け出した。

 

 

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 ロンガ達の去ったロビーの中、グレインとリックスは、圧倒的多数と睨みあっていた。

 所詮は二人。この人数で押しきれない筈がない。と、その場にいる誰もが――グレインとリックスでさえもが――そう思っていた。

 しかし“大軍”は、状況は、動こうとしない。

 どうということはない。

 たった二人――にも関わらず、グレインの立ち居振る舞いがあまりに余裕を見せていたからだ。

「ほら、誰でもいいし一斉でもいい。早くかかってきなよ。

 それとも、尻尾を巻いて逃げるかい?」

 たかが“魔法使い(ウィザード)”二人に? と、その顔には不敵な笑み。

 一撃で“断罪者”一人を倒して見せた光景(イメージ)と相まって、

「くっ……」

 ロビーの中の誰かが、そんな風に悔しそうな声を漏らした。

 もっとも、“大軍”の――というよりは『七罪星』の目的としては、ロンガ達を逃がしてしまった時点で完全な達成は絶望的で、そうなれば、戦力として小さくはないグレインとリックスをこの場により長く留めておくべきと、この場にいる“七罪星”の何人か、特に頭の役割を担う者たちはそう考えた。

 しかし――――

「ふざけるな、凍血の魔法使い! 神の加護のもとにある我らに恐れはないぞぉ!」

 “圧倒的に勝っているのに攻めあぐねている”、そんな状況に、いつまでも耐えられる筈もなく、また“断罪者”には、時間稼ぎに付き合う理由も無かった。

『『おぉおぉおぉぉぉおお!!』』

 先陣を切った大柄の“断罪者”。それを切っ掛けにして、傭兵も聖職者も一緒になって、雄叫びを上げる。

「はっはっは! その呼び名、どうやらまだまだ廃れてないみたいだねぇ。

 まるで現役の頃に戻ったようだよ――――

さぁ! 覚悟はいいかい、リックス!」

「ああ。僕はあんたの息子だからな。あんたからもらったこの剣にかけて――――こんな雑兵に後れは取らないさ!」

 リックスは剣を振るい、グレインはその右目へ手を伸ばし――――

 高らかに呪文を響かせて、戦いの火蓋を切った。

 

 

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時は少し戻り。

「グレイン、大丈夫だよな?」 

 廊下を走りながら、ロンガは言った。

「まぁ、リックスってあのガキがついてりゃ大丈夫だと思うが……」

 ロンガの少し前を行くキロが振り向きもせずに応える。

「随分とハッタリが巧いのねあの人」

 そのすぐ横でキョウコが本当に感心したように言う。

「ああ……聞けばあいつ、空間移動の古代魔法まで使ったらしいじゃないか……そこに“精霊憑き(オレたち)”の精神に干渉する魔法……」

「どう考えても、あの人数相手に戦える状態じゃ……ないよね……」

 キロの考察に、アイアはその口で結論を出した。

「ハ、まぁ、それを分かってるからこそ、リックスも残ったんだろうさ」

 吐き捨てるようにそう言うとロンガはスピードを上げ、皆の先に進むと、その先にあった扉を、勢いよく蹴り開けた。

 派手な音を立てて開く両開きの扉。

 朝焼けの光が、外へ躍り出た五人へ降り注ぐ。

「ちょっとぉ! 乱暴すぎよロンガ!! 誰の(うち)だと思ってんの!?

「ハハハ、悪い悪い――――まぁ、ほら、ココは啖呵(タンカ)切っとかないと」

「はぁ? 啖呵? 何言って――――」

 アイアの言葉は、そこで凍りつく。

「ちっ……まぁ、そら、正門だけで終わらせないよなぁ……」

 苦々しげにキロが言うと、それに応えるようにロンガが、

「ハ、さながら逃げた魚を捉える網、か」

 と、前方を睨みながら。

 そこには五人の“断罪者”と三人ほどの傭兵らしき人物が。

 斧を構える者もいれば、杖を握りしめる者もいる。

 それでも素手で直立する者も四人ほど。

「ほほぅ……まさか五人も逃げてくるとはな。

 少々計算外だが――――丁度いい、そこの白髪(しらが)!」

 素手の“断罪者”がロンガを指差して叫ぶ。

「先日の続きをしようじゃないか」

「あぁ? 先日っていつだ――ってか、白髪(しらが)って言うなクソボケ!」

「おっとそうか、このマスクでは分からないよな――」

 軽い失敗をしたときのように、額に手を当てる“断罪者”。

「じゃ、これを見れば分かるかな」

 そういっておもむろに右手を天に掲げる。

「「「“神器(スキル)!!!」」」

 他に二人の“断罪者”、一人の傭兵が、同時に叫ぶ。

「――【毒鳥の長槍(スピア・オブ・コカトリス)】ァ!!!

「【大蛞蝓の曲刀(サーベル・オブ・マッドスラッグ)】ッ!!!

「【冷霊の手袋(グローブ・オブ・レイス)】!」

「【双頭狗の大鎌(サイズ・オブ・オルトロス)】――――!!!

 光と共に現れる、紫色をした槍、滑りのある大きく反った刀、冷気を放つ手袋、刃が二つある大鎌。

「誰かと思ったら……姉ちゃんにやられた雑魚じゃん!」

「ざっ……誰が雑魚だとこのポニーテールぅウウ!!!

 槍を持った“断罪者”がアイアに向かって激昂する。

「あれは、あの女の格が違いすぎるだけだろうが!

 えぇい! どの道そのつもりだが、誰一人生きて帰さん! やっちまえぇ!!!

 強烈に悪意を、殺意を放ち向かってくる敵を、ひどく落ち着いた目でアイアは見ていた。

 ひょっとしたらその眼には、軽蔑の色も混ざっていたかもしれない。

魔力解放(アクセル)――――オン――――」

 元は母親のものだという白い杖を水平に構え、呟く。

 敵は、四人の“精霊憑き(スピリウル)”に加え、人間であっても、相応の実力者であろう戦士や“魔法使い(ウィザード)”たちがさらに四人。

「〈氷よ(ブリザ)縛れ(チェイン)〉〈(ブランブル)!!

 その四人がすべて、細く鋭い氷の茨に、全身を絡めとられた。

「な、何ぃ!?

 槍の“断罪者”が叫ぶ。

 網のようなそれは、実際に網のように細いにもかかわらず、大の大人がいくらもがいても、全く砕ける気配がなかった。

「こ、この人数を一度に……」

 感嘆の声を漏らしたのはロンガ。

「な、く、は、はなせぇええ!!!」

 傭兵の男が叫ぶが、その声はむなしく響くだけだった。

「もう、アイアさん、全部もってっちゃ嫌ですよー」

 男たちの声とは対称的に、やわらかな声で言うメイコ。

 その顔は、満面の笑みで包まれていた。

魔力解放(アクセル)オン――――」

 大きめの十字架を懐から取り出し、呪文の詠唱に入る。

「〈火よ(フェリ)。その腕を以って打倒せよ。桜、火の粉は塵となり、怪しきは全て灰となる。〉――――呑み込め、“灼熱庭園(バーンガーデン)!!!

 次の瞬間。

 大地に裂け目を開くが如く、地面から湧き出た炎が、氷に捕らわれていた八人を飲み込んだ。

 ――――息を呑む暇すらなく。

『ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!

 断末魔だろうか。

 絶叫が消えて、炎も消えて、息があるかはともかく動かない八つのヒトガタが地面に堕ちる。

 時間にして3秒間。

 ロンガとキロは全く動けずにいた。

「なぁ、ロンガ……」

「なんだ? キロ……」

「もしかして、オレら、追い抜かされてないか?」

「ハ、追い抜かれるも何も、元から勝ってたかも怪しいぜコレ」

 と、苦笑いを浮かべる“精霊憑き(スピリウル)”二人を尻目に、

「メイコちゃん! ひどいよ、一人だけそんな派手なの使って!

 なんか私が地味みたいじゃないの!」

「いーじゃないですか! 私なんて、台詞も出番も全然ないんですから!

 ……といっても、修行の成果なのか、予想を遥かに超えた威力が出ちゃいましたけど」

 “魔法使い(ウィザード)”二人は、騒ぎながら睨み合っていた。

「おーい、誰か止めてやれーきょうこー

って、あれ、キョウコは……?」

 ロンガがあたりを見回すと、キョウコは何故か少し離れた場所で、腕組みをしていた。

 どうやらメイコを見ているようだ。

「ハ……ダメだ。『流石私の妹! 誇らしい!』って眼をしてやがる……」

「ほらお前ら、そろそろ行くぞ! 時間ないんだろ」

 キロが急かしながら、先陣を切って裏門を開けた。

 ロンガとキョウコがそのあとに続く。

 睨み合っていたアイアとメイコも、はっとしたあと、慌てた様子で皆を追いかけた。

「『七罪星』のアジトまでは、オレが案内する。そのあとは存分に暴れてくれ」

 キロはそう言って、先導を買って出た。

 朝霧の中、人影のない道を五人は走っていく。

「ん、なあ、キロ。あれは……」

 それを視界におさめたロンガは、少し前を行くキロに声をかけた。

「ああ。オレの相棒のご登場だ」

 相棒。“猫刀(マオトウ)ムラマサ”。

 人がいないのをいいことに、往来のど真ん中にちょこんと座っている。

「……猫?」

 ムラマサを知らないキョウコは訝しげな顔をする。

「ま、ただの猫じゃないがな。よう、ムラマサ!」

「久しぶりジャの、キロ」

「はっ! 久しぶりってほどでもないだろうに」

 言いながら、キロが少しかがむと、ムラマサはキロの身体を駆けて、器用にも肩に登る。

「しゃ、しゃべった……」

 メイコが信じられないとでもいうように、口を押さえながら言った。

「へぇ、よく見ると普通の猫じゃないのね。怪物(モンスター)?」

 キロの肩に乗ったムラマサの頭を人差し指でなでながら、キョウコが。

「まぁ、そんなところだ。ムラマサ、奴らの様子はどうだ?」

「どうもこうも、“[称号]持ち”はお前を除いて、全員地下に引っ込んでしまった。これでは監視も何もあったものではないわ」

 小さな羽根をもつ黒猫は、二本の尻尾を振りながら語る。

「地下に?」

「ハ、なるほど、その猫に『七罪星』の様子を探らせてたのか」

 ロンガがキロの後ろからそう声を投げかけると、

「適任ジャろ?」

 ムラマサは笑ったように牙をむいてそう言った。

「ハ、確かに。そりゃ適任だ」

 ロンガが肩をすくめて言った後、キロは一度振り返って、

「急ごう。何をするつもりなのか掴めないままだが――――」

「……間違いなく、『何か』をする気、だよね」

 キロから台詞を受け継いで、アイアが言う。

 その言葉に全員が頷いて、また駆け出した。

 

 

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「まさか、本部の地下にこんな空間があったとは……」

 黒いロングコート、黒いサングラス、黒い髪の毛。

 “黒ずくめ”という形容があまりにも相応しい。

 そんな男が、薄闇の中に立っていた。

「昔、地下(ココ)にあった研究施設に手を加えたものさ……」

 黒ずくめの男に負けず劣らず、黒い髪の毛をした巨漢。

「来たるべき時のために……な」

 [強欲]の称号を持つイミル・ルカーソンは、祭壇のように作られた台の上に立ち、ソレを見上げていた。

 ソレは、赤い月が木に巻きつかれ捕らわれたような形をした、不気味な印象を与えるオブジェだった。

「一体それは……なんなんでしょう?」

 イミルの背中を眺めるような位置に立っていた黒ずくめの男、[怠惰]のシャドゥーラは、そんな風に言葉を投げた。

「フ、俺の[強欲]を満たすための、重要なパーツ……と言ったところか。

 シャドゥーラ、お前なら、これが『どういうもの』かは解らずとも、『何のためのものか』ぐらいは分る筈だろ?」

 首を動かし、シャドゥーラに見せた横顔には、意地の悪そうな笑みが張り付いていた。

「……“理想”を具現するための――ですか……」

 哀愁の漂う過去を思い出すかのように――もしかしたら本当に思い出していたのかもしれない――シャドゥーラは言った。

「フ、わかっているのなら、そろそろ行け。他の者にも配置につくように伝えろ」

 ここでやっと。イミルは後ろを振り返った。

「――――戦争が始まるぞ!」

 

 

 

 

 

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