【精霊憑きと魔法使い】第十三閃

第十三閃『回帰と覚悟』

 

『恐怖を……断ち切る? 打ち勝つ?

 いいだろう。ワタシはお前の恐怖でできている。見事ワタシを倒してみせよ。

 キョウコ・フレアライズ』

 老獪な口調で、ドラゴンは言った。

 火竜(サラマンダー)

 精霊の中でも極大の熱量を誇るそれは、キョウコの精神世界、広くも窮屈な協会の中でキョウコの眼前に鎮座していた。

「もちろん。そのつもり、」

 ぐっ、と、キョウコは脚に力をこめて、

「よっ!」

 思い切り跳び上がった。

『笑止!』

――――!!

 剣を振り上げサラマンダーに迫ったキョウコだが、しかしその刃は届くことは無く。

 サラマンダーの腕の一振りで逆に打ち飛ばされてしまった。

 派手な音を立てて、石の床に叩きつけられる。

…………ぐ、ぅ……

 キョウコが苦しそうに上体を起こすと、ミシリ、と骨の軋む音がした。

『さあ、どうしたキョウコ・フレアライズ。

 お前は……その程度か?』

 

 その光景を、ヘビは付かず離れずの距離で見ていて。

《(……大重量の大剣を持ったまま、巨大なサラマンダーの頭部まで飛び上がる身体能力は流石だけれど……無闇に飛び掛って勝てる相手じゃないね。

 あのサラマンダー……自分が恐怖でできている、なんて言ってたけど、大概の精霊憑き(スピリウル)は自分の能力(ちから)に多かれ少なかれ恐怖を覚えるもので、よって程度の差はあれ、大概の精霊は『そう』なんだよ。

 それでも、わざわざそう言うってことは……並大抵じゃ済まないぞ、キョウコ・フレアライズ……)

 

 

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精霊が、どんなものか?」

 アイアは、父親の言葉を、反芻するように繰り返した。

精霊憑き(スピリウル)が宿す神器(スキル)の能力……もっというなら、それを言い表す名、でしょうか……?」

 直接その問いに答えたのは、メイコだった。

「そう。精霊憑き(スピリウル)精霊憑き(スピリウル)として覚醒する、一体どのタイミングでその名づけが為されるのか、詳しいことは何も分かっちゃいないがしかし、彼ら曰く、『知らない間に理解できている』んだそうだよ、その神器(スキル)を」

……理解できるのはその名前だけじゃないってことか……

 リックスは、今まで睨めっこをしていたグレインから渡された一枚の羊皮紙から眼をそらして言った。

 アイア、メイコも同様の物を持っている。

「で? それが、今のあいつらの状況と、どう関係があるんだ」

「うん、それでね、要は精霊っていうのは存在しない、モノですらないもの……のハズなんだけど、どういう理屈なのか、これも不思議な魔力の力なのか……“精霊憑き(スピリウル)はね、知らない間に飼っている、宿していることが多いんだよ」

……その、精霊、を、か?」

 リックスの言に、グレインは無言の肯定を返す。

 同時に、次のように言葉を紡いだ。

「知り合いの研究者はね、神器(スキル)を使うたび、その魔力が精神にも影響して、自身が期せずして持った異能に対する、感情や想いが、明確な存在(イメージ)として徐々になんたら云々とかなんとか言ってたけどね」

「あ、絶対最後面倒になったな……

「はっは! その通りだよアイア!」

 アイアのツッコミに、グレインは高らかに笑って応えたのだった。

……メイコさん……だっけ。あの親父をどう思う」

「あ、メイコで構いませんよ、リックスさん。ええ、まぁ、楽しそうでいいんじゃないですか? 軽いノリで」

「軽いノリ……ねぇ……

 リックスがため息を吐きながら、手に持った羊皮紙に眼を戻そうとしたそのとき、

「ところで、お父さん」

 アイアがまた声を発した。

はないの?」

「はっは、次って何を――――

 言いかけて、グレインは固まる。

「まさか……全部、解いたのか!?

「「なっ!?」」

 リックスとメイコも同様に、驚きの声を上げる。

 彼らが持つ羊皮紙には、幾行にもわたり、古代魔法に使われる文字で文章が。

 グレインの言う、『魔法使い(ウィザード)用の修行』とはつまり、コレを読み解くことで、魔法を使う際に必要な言霊を、より自由に扱い、あわよくば、古代魔法の一つか二つを習得しよう、というものなのだが、この難易度は並大抵ではない。

「あ、あぁ、確かもう一部か二部、別のがあったはずだ。

 取ってくるから、しばらく待ってなさい」

「うん、お願い

 輝きださんばかりの笑顔で、床に座るアイアは、立ち上がるグレインを見送った。

「おいおい、マジかよ……まだ始まって三時間ぐらいだぞ!?

 僕はせいぜい二行半ってところなのに……

 アイアの羊皮紙を覗いてみると、その行間全てにびっしりと文字が書かれていた。

「あれ、まだそんくらい? メイコちゃんは?」

「私は、えっと、八行とちょっと、ですね」

 ちなみに全部で二十行。

「何、僕、大分置いてかれてる?」

「ていうか、コレ……夜明けまでに終わるんでしょうか……

「はっはっは! こんなものは、コツを掴めば徐々に速くなっていくものだからね」

 いつの間にか戻っていたグレインがメイコの背から声をかけた。

「お父さん! 早かったね」

「ああ。はい、コレ。それから、全部終わらなくたって別に構わない。大事なのは、それで君たちが言霊を理解し、少しでも呪文として使えるようになることなんだから」

 そういってグレインは、またもとの位置に座った。

「それで、さっきの話の続きは? 途中で終わってたでしょ?」

「ん、ああ。つまるところ、僕が精霊憑き(スピリウル)にかけた魔法と、彼らに課した修行というのは、自らの精神の中で、自らが生み出した精霊に打ち勝つこと。 

 自分の感情、という、ある種最も抗い難いものに勝つんだ。魔力を扱う力は、精神と共に成長する。だとすれば、これ以上無い成長が期待できると思うよ」

「なんか、分かったような、分からなかったような話だな」

「でも、ま、そりゃあ苛烈な戦いを繰り広げてるんでしょ。私たちも頑張らないと」

 アイアの言葉は、ともすれば皮肉にも聞こえたが、しかしその口調は、そばで眠る三人に対しての心配や気遣いが滲み出ていた。

「そうですね。頑張らないと」

 アイアの言葉を繰り返したメイコは、最後にちら、と、姉達を見て、

「(そういえば、『失敗したら死ぬ』とか言われてなかったっけ、あの修行……

 ま、いっか。集中集中……っと)」

 そんなことを思いながら、目線を例の羊皮紙に合わせた。

 

 

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 ぼた、ぼた。ぼた。ぼた、ぼた。

「はぁ、はぁ、はぁ……くそ……

 ぼた、ぼた。ぼた。ぼた、ぼた。

 白いセカイのなかで、真っ赤な血を腹部から落とすように流しながら、ロンガ・シーライドは立っていた。

 辛うじて、立っていた。

『ホラ、どうした、ロンガ・シーライド。ボクを倒して強くなるんじゃなかったのか?』

 ロンガの目の前、風霊(シルフ)が見(くだ)すように見(おろ)ろして言う。

『ひょっとしてもう限界か? 所詮はその程度なのか?』

「ハ、うる……ッせぇ!!!

 低い姿勢から放たれたロンガの右手は、シルフの頬を掠めるに終わった。

 しかし、シルフがそれを避けた一瞬の隙に、ロンガは神器風霊の大剣(ブレード・オブ・シルフ)】を生成し、横薙ぎに斬りつけた。

 後ろに跳び退ってかわしたシルフだったが、一瞬間に合わず、その右手は半分ほどが失われていた。

『クス。やってくれるね』

 シルフが短くそう言う内に、その右手は鈍く光を放ちながら、元の、完全な右手に戻っていた。

『けど、ま、ここは現実とはかけ離れたセカイ。今の程度のダメージは、ダメージにすらならないよ』

「ハ……!! マジかよ、やっと一太刀浴びせたと思ったのに……

 ロンガの口からは、悔いの言葉と共に鮮血が溢れ出す。

『キミは、このセカイが何故真っ白なのか、知っているかい?』

「ハ、なんだよ、いきなり」

『いやぁ、どうもこうもどういうわけか、キミがキミのお父さんと再会した頃から、どうにも調子がよくってさ』

 手振りを交えて話すシルフの顔には不敵な笑みが。

『いつか話したろ? このセカイは、間違いなくキミの精神世界で、主導権はキミにあるのだと』

……? ……!? ……! 嘘、だろ……?」

 何も持たない右手を、高く上に上げたシルフの頭上、ロンガが見た物は。

『考えてもご覧よ。キミのモノであるハズのセカイで、キミではない(ボク)の傷が治る。キミが存在するべき中心(ばしょ)にボクが立つ』

 整然と、凄然と、何もない真っ白な中空に在って尚、存在感を失わない、数十にもおよぶ、銀色の大剣の群れ。

『まだ完全ではないが……このセカイの主導権、既にボクの手の中だ』

「ハ、ハ……おいおい……お前は一体、どこの英霊だっ、って話だよ……

 傷の痛みなど、疾うに消えている。否、忘れている。

 今はただ、眼前の光景に圧倒されて、ロンガは目を見開いたまま、苦笑いを浮かべるしかなかった。

『キミの中の、ただの精霊だ』

 シルフが右手を振り下ろす、その動作と共に、幾本もの銀の閃きが、ロンガに向い、落ちていった。

 

 

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「ぜー、ぜー、ぜー……っく……

 砂地や草原、さらには沼や岩場の混ざった、そのもの継ぎ接ぎのセカイのなかで、キロ・ウッドビレッジは立っていた。

 神器暴食獣の手袋(グローブ・オブ・ベヒーモス)】をはめた手を胸の前に構えて、満身創痍で立っていた。

「くそ……! なんだってんだ!! 始めは何とかなると思ったが……ちぃ!」

 キロが悪態を吐くのも無理は無い。

 精霊憑き(スピリウル)と言えど、所詮(ベース)は人間。魔力を扱うため、魔力に耐えるため、多少ばかり身体も丈夫ではあるが、そんなものは誤差の範囲。

 対して暴食獣(ベヒーモス)。優にキロの三倍はある体躯に、並の獣を遥かに超える脚力。その馬力はキロとは比にならない。実在し得ない、キロの精神(なか)だけの存在とは言え、少なくとも当のキロには、今其処に、掛け値なく存在しているのだ。

『どうした主よ。つらいか。苦しいか。』

 加えて、いくら攻撃を加えても、一向に弱る気配を見せないベヒーモス。

 実際、キロの息も上がって、どうにもギリギリ、といった(てい)だった。

「はー、はぁ、はぁ……

『案ずるな。今にワシが、すべて飲み込んでやる』

 言って、ベヒーモスは大口を開けた。

「まずい――!」

 何が来るのかも、何をされるのかも判らないまま――その判別を置き去りにして、キロは反射的に回避行動に出た――ハズだった。

 結果的にキロは一歩も動くことができなかった。

「なっ……!?

 その足は、幾本もの茨に絡み付かれていたから。

「どうなってやがる……!!

 (さっきまでは、こんな足場じゃなかったはずだ!!)」

 もがけばもがくほどに、茨の刺は喰い込み、キロの自由を奪っていく。

 そうこうしているうちに、大きく開かれたベヒーモスの口腔が、怪しい光を放ち始めた。

「(……!! 魔力砲(ヴォミットブロアー)……!?)」

 すべて飲み込んでやる

 ベヒーモスの言葉を思い出し、キロは自然と、笑みを浮かべていた。

「いいぜ……受けてやるよ!

 どちらが相手を喰らい尽くすか……勝負だ暴食獣(ベヒーモス)”!!!

 噛み合わせるように組んだ両手を胸の前へ、そして腰のほうへ持っていく。

「なんかどっかで見たことのある構えで情けないが……より直線的に、より重く放つには、コレが一番いいんでな……

『いくぞ、(あるじ)……

 ベヒーモスの口腔の光が、より強く、鋭くなっていく。

「天国か地獄か……勝負だぁ!!!

 両者ともに。互いに向い、閃光を放った。

 

 

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『何故だ……何故だ、キョウコ・フレアライズ……

 広大な教会内部の様相をした、キョウコの精神世界。

 キロのベヒーモスすら遠く及ばない程の体躯を有するそれは、どこか悲しそうな目で、床に張り付くように倒れたモノを見ていた。

「っ……!! …………! くぅ……っ」

 引き裂かれ、焼け焦げ、それでも尚立ち上がろうとするそれは、いや、それが、キョウコ・フレアライズだった。

『何故お前は、そんなにも脆く弱いのだ……

……!! ーっ……!!

《(まともに言葉も話せないか……無理も無い。あれだけズタズタにされた上、この力の差だ……

 もう戦意なんか残っちゃいないだろう……)》

 ヘビは、必死に立とうとするキョウコを、思い深げに見ながら黙考していた。

 しかしヘビの予想は。ある種の心配は、杞憂に終わる。

《なっ!?

 息は荒いどころか浅く、巨大な火竜を見上げる目は虚ろだったが、キョウコは、立ち上がっていた。

『何故だ、何故だ。お前は何故恐れている。何を――恐れている』

 立ち上がったキョウコに、サラマンダーは語りかける。

『ワタシはお前の恐怖から出来ている。しかし――何をそんなに恐れることがあるのだ、キョウコ・フレアライズ。

 お前が恐れているのは(ワタシ)を振るうコトではないだろう。

 お前が恐れているのは、外の世界。この閉じた教会がその証左だ。

 お前は贖罪を――裁かれることを望みながら、それを恐れている。

 世から眼を逸らし、それで許しを請おうなどと?

 ワタシという恐怖を超える? 己が殻も破れぬ雛鳥が?』

 サラマンダーはそこまで言って、前足を上げて、息を吸うように上体を上げて。

 そして、

『お前には無理だ。

 このような場所に、いつまでも足を留めているようなお前にはな!!

 焼け付くような言葉とともに、サラマンダーの姿が巨大な炎に変わり、

――――……!!

《な――――

 キョウコも、ヘビも、雪崩のように襲い来るそれに、飲み込まれ消えた。

 

 

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「ハ、結局のところ、精霊ってのはまぁ、随分とツンデレなんだな」

 ロンガ・シーライドは、真っ白なセカイに立って、目の前のそれに向って言葉を向ける。

「それともお前だけか? 『このセカイが何故白いのか』なんて。

 あからさまなヒントだしてよぉ……

『クス……まさか、あんな一瞬で判るとはね』

「ハ、当たり前だ。このセカイを作った――望んだ――のはオレだからな。

 ココは――あらゆることから眼を背けるためのセカイだ」

『クス、正…………

 今やロンガの身体に一切の傷は無く。

 それはつまり、ロンガがこのセカイの主導権を取り戻し、あらゆる傷から眼を背けた結果なのだ。

 そして。

 白いセカイに、今やシルフは立ってはいなかった。

 ロンガの足許、横たわるシルフは袈裟に大きな傷を負ってはいたが、血を流すことは無く、その顔は安らかというよりは、嬉しそうだった。

『けれど、眼を背ければ、また新しく何かが眼に入る』

「ああ。だからオレはイミルに復讐すると決めたんだ。

 母さんが死んだことからも、その原因を作ったのが親父だって事実からも眼を背けてな」

 例のウサギはロンガのそばに再び寄ってきていたが、流石に言葉を挟むようなことは無かった。

『それで? その方法じゃ誰も救われない、そんな事実からも眼を背けたの?』

「あぁ。そうだよ。復讐なんて、結局のところ、オレ自身のエゴだ。

 だけど、それしか、オレの進む道は無かったし、これからも無い」

『じゃあ、その道が終わったらどうするの?』

 淡々と語るロンガに、シルフは下から、やさしく語りかける。

「ハ、そのときは、またそのとき考えるよ。だから……だからさ……

 ぽた、ぽた。ぽた。ぽた、ぽた。

『クス。どうしたの?』

 ぽた、ぽた。ぽた。ぽた、ぽた。

 横たわるシルフの胸に、小さな水の粒が落ちる。

「なんで……なんで背けてるって気づかせるんだよ……

 気づいたら、また……見ちまうじゃねえかよ……

 ロンガは、泣いていた。ぼろぼろと。ぼろぼろと。

「アイツがどうして憎いかなんて、忘れてたのに! 眼を背けてたのに!

 どうして、思い出させるんだよ……どうして、風霊(おまえ)は母さんの姿でそこにいるんだよ……

『クス。そんなの、キミ以外にわかるわけ無いだろう?」

 その言葉が終わらないうちに。シルフの身体が徐々に消え始めた。

「でもね、ロンガ。眼を背けてばかりじゃ、キミは強くなんかなれない。

 復讐だけじゃ、誰の心も癒されない。

 ま、ボクの言葉を聞いて、どうするかは、キミ次第だけどね」

…………オレは、それでもやっぱり、イミルと戦うよ。

 何をする気かは知らないが、アイツの企みは止めないといけない気がするし。

 なにより、オレの恨みはそう簡単に収まらない。

 復讐だけじゃ救われないかもしれないが、復讐なしじゃ救われないんだ。

 でもまぁ、半殺し程度にして、ゆっくり話を聞いてやるのも悪くないな」

 ロンガは、笑って言った。泣きながら、笑って言った。

「そう。ま、ボクはキミの(つるぎ)だから。

 いつでも、キミが望むならどこまでも、キミの力になろうじゃないか」

 

          *****

 

 風霊(シルフ)は柔らかな笑みを浮かべて、最後に母さんの声で、そう言った。

 

 

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『結局のところ、精霊というのは精霊憑き(スピリウル)が生み出した架空の存在に過ぎない。故に、主人が死ねば精霊も消える』

 神器(スキル)だとか、そういった能力は、人間から進化して付加されたものに過ぎん。と、暴食獣(ベヒーモス)は言う。

『だから、主人の力になるのは当然なのだが、それを、人格としては判っていても――――

 キロは、ベヒーモスに最後まで言わせはしなかった。

 手を振って相手の言葉を制したのである。

「言わなくても判ってんよ。精霊は、人格の成立する以前に、感情の塊なんだろ? 恐らくはマイナスの、いわばブレーキになるような」

 キロは、案外近くに胡坐を掻いていたクマに確認するように視線を向けた。

 クマのほうはと言えば、僅かばかりに頷いてからそれっきり言葉を発さなかった。

『わかって――いたのか』

「まぁ、戦っているうちになんとなくな。それにこのセカイのことも。

 要は、このセカイは精霊を相手に、心が負ければ負けるほど、主導権を握られていくんだろ?

 さっき、オレの足許が茨になんかなってたのは、焦りを感じて、お前に心が負けていた――少なくとも負けかけていたからだ」

『では、お前に主導権がある間、お前に都合の良いように地形が出来上がっていたのを、わかっていたのか?』

「いや、気づいたのは今さっき、お前と撃ち合う場面になってからだ」

 手のひらを天に向けるような動作で、キロは言う。

 今や巨体を横たえる、ベヒーモスに向って。

 ベヒーモスはゆっくりと目を閉じ、

『そうか』

 と一言。

 そして目を開き、

『では問おう、主よ。

 このセカイの意味は――お主の心の芯は――――なんだ?』

 その質問に、キロも一度目を閉じて。

 そして開き、言った。

「決まっている。どんな事をしても、何を捻じ曲げても、目的を果たす――

 あいつと一緒にいる。その覚悟だ」

 

          *****

 

 なんて、そんなオレの台詞を聞いてベヒーモスは、鼻で笑うように息を漏らし、そして消えた。

 それはどこか、満足そうに見えた。

 

 

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《あーあ…… こりゃ終わったかな……

 轟々と、竜巻の様相を呈す炎を、ヘビは見上げていた。

 その竜巻の中心に、キョウコはいる。

 自らの精霊に敗れた精霊憑き(スピリウル)に待っているのは、精神の崩壊。

 即ち――――死。

《あの火竜(サラマンダー)”……手加減も火加減も、する気はなさそうだったしな……

 広大、とはいえ、限りある教会のスペースの中、徐々に広がる炎の竜巻。

 それでもヘビは微動だにしない。

 造られた存在ゆえに、わかっている。

 自分の役割。存在意義。意味、というものを。

…………――――!!?

 唐突だった。前触れは何もなかった。

 今までじりじりと半径を増していた――それだけだった炎の竜巻が、今までの何倍もの轟音を放ち、今度は上に、伸びた。

 まるで抑えつけられ続けていたバネが、一気に力を解放するように。

 天井を破壊してもなお、天へと伸び続ける竜巻。

 それに比例して縮まっていく半径。

《あ、――確か――――

 この教会は、キョウコの外への恐れが生みだしたいわば心の壁。

「うあ、あ。あぁ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 先ずは叫び声。次に細くなっていく紅い竜巻に浮かぶ黒い影。

 ヘビがそれをキョウコだと認識した、数瞬の後、炎の竜巻は、音を立ててはじけ、消えた。

 その内から現れたのは――――

……ふぅ……

 はらはらと、雪のように降りかかる火の粉を、右手に持つ、巨大な炎で薙ぎ払い、キョウコはため息を吐いた。

 【火竜の大剣(ブレード・オブ・サラマンダー)】、ではない。

 純然たる炎。剣の形を保った、高密度の炎だった。

 その存在感(ねつりょう)は、キョウコの神器(スキル)であったそれを遥かに超え、見たものの心にすら焼き付く程。

 そしてキョウコは、それを持ったまま、教会の天井に開いた穴を見る。

 そうして再び右手に視線を戻すと、

「ふ」

 と、息を漏らして笑った。

「いいわ。やったげる」

 左手を添えた、を振りかざすと、

「はぁああああああああああああ!!!

 自らを包む、教会(こころ)の壁に向かって、それを振るった。

 

          *****

 

 ……ありがとう、火竜(サラマンダー)

 おかげでもう少し、前に進めそう(つよくなれそう)よ。

 

 

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「さて。もうそろそろ時間だね……

 グレインは懐中時計を見ながら言う。

「準備はいいかい、三人とも」

「うん。バッチリだよ!」

 明るい調子でアイアが言う。

「まー、バッチリであろうがなかろうが、やるしかないんだろうけどよ……

 本当にこれだけで強くなってるのか?」

 リックスの不安ももっともな話である。

 夜も明ける頃合、三人がやっていたことと言えば、ひたすらに古代文字の解読作業。それもリックスの成果はほかの二人には遠く及ばない。

「はっはっは! まぁ、この修行は、その人の素質を引き出す修行だからね。

 上がり幅に差はあるだろうが――きっと驚くさ」

「あとは、お姉ちゃんたちが目覚めるのを待つだけですね」

 メイコがアイアの顔を見て言う。

 アイアよりも背の低いメイコ。自然、見上げるような形になる。

――――うん。そうだね」

 キアラを思い出たのか、アイアの表情には改めて決意と覚悟が浮かぶ。

――さて、一番乗りに精神(なか)ら出てくるのは誰かな?」

 そういったグレインの顔は、少し楽しそうだった。

 

 

 

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