【精霊憑きと魔法使い】第九閃

 

第九閃『精霊と称号』

 

 ヒフトフの町の中。 『七罪星しちざいせい本部アジトの洋館。その中の広めの一室に、“[称号]持ち”と呼ばれる、主に戦闘的な任務を行い、“精霊憑きスピリウル”だけで構成される七人の幹部……そのうちの五人が集まっていた。

 部屋の一番奥に置かれた椅子に座り、集まった面々の視線を受けるのは、大男イミル・ルカーソン。[強欲]のイミルだ。

「……“風霊シルフ”には逃げられましたか」

 この部屋唯一の出入り口となるドアの、その横の壁に背中を預け、そう言葉を発したのは、[怠惰]のシャドゥーラこと、シャドゥーラ・エクステッド。肩の辺りまで伸びた長い黒髪と、黒いサングラス、黒いコート、と黒尽くめの男である。 

「あぁ、グレインにも逃げられてしまってね。我ながら情けない限りだ」

 そう言うイミルを気遣うように、部屋に置かれた椅子に腰掛けた、女が声を発する。

「お怪我が無かったのならよかったですわ。 それにその“風霊シルフ”、イミル様の首が目的だというではありませんか。 なら、待っていてもじきに現れるのではないでしょうか」

 赤色のドレスを着て、扇子を持ち、カールした金髪を伸ばしている彼女の名はシェスカ・ヒルバリン。[色欲]のシェスカだ。

 その隣の椅子に座る者も、同じく女だった。

 華美な様相のシェスカとは対照的に、色の薄いストレートの髪の毛をまっすぐに伸ばし、白いワンピースを着ている。

「……今はシルフどうこうより……ラージアの件のほうが問題なのでは……?」

 おずおずとイミルに向かい言う。

「フ、確かにそうだな。ライニーよ、お前の代わりに[憤怒]に就いた奴が死んだとあっては、目覚めが悪いか」

「……ええ……やはり多少は……」

 ライニー、と呼ばれたその女の現在の称号は[嫉妬]である。フルネームは、ライニー・ファンクル。

「………………」

 ドアのほうを向いて――イミルから見て――左側の壁に、シャドゥーラと同じようにして、壁にもたれかかり、言葉を発さないままなのは、[暴食]のキロ。 キロ・ウッドビレッジだ。

 残る[傲慢]のビリーこと、ビリー・レフィは、シルストーム邸から戻るなり、自室に引っ込んでしまった。

「それで、本当なのか? [憤怒]のラージア……ラージア・ファフキンスがやられた、と言うのは」

 イミルの口調は、その部屋に居るもの全てに問いかけるようだったが、その目線は、ただ一人シャドゥーラの方へ向けられていた。

 シャドゥーラは、組んでいた腕を解き、背中を壁から離すと、イミルのほうに向き直ってその口を開いた。

「ええ……二、三日前です。ラージアが連れていた小僧から、呪具『魔蜘蛛電話』で連絡があり、それによると、どうやら相手は“火竜サラマンダー”のようです」

 ――――――――。

 シャドゥーラの淡々とした低い声を聞いても、その他の四人は身動ぎ一つしなかったが、それでもその一瞬、部屋の空気が張り詰めた。

 “火竜サラマンダー”。四大精霊と呼ばれる、“精霊憑きスピリウル”の能力の一。

 ここに居る全員……すなわち『七罪星』幹部、“[称号]持ち”の任務対象、即ち、捕獲対象、である。

「と、いうことは……ラージアは任務に失敗して殺された……と?」

 [色欲]のシェスカが口を開く。

「まだ実際の生死はわからない。 だが、その可能性は充分にある」

 そこでシャドゥーラは、サングラスに隠れた己の目を、キロに向けた。

[暴食]のキロ。“火竜サラマンダー”がお前の評価するとおりの実力ならばな」

「……“火竜サラマンダー”……キョウコ・フレアライズは強い。評価、というのなら[憤怒]こそ、ラージアには身に余る称号だったんじゃないか」

 皮肉らしく、キロが言う。

「『[憤怒]は早死にする』……か……確かに、ラージアはまだ未熟だったかも知れんな」

 一瞬不穏になりかけた場の空気を、イミルの声が和らげる。

 異能のギルド何でも屋たる『七罪星』には、[称号]持ち以外にもいくらか、運営のための幹部が居る。にもかかわらず[称号]持ちが、その他とは一線を画す権利、待遇をなのは、ひとえに彼らが、『七罪星』へ舞い込んでくる依頼のなかでも危険度の高いものを行い、且つ、収入の七割近くを担う“戦闘集団”だからである。

 もちろん各[称号]ごとに割り当てられた仕事もありはするが、割り振られる[称号]の基準は、その能力に因んだり、その性格に当てはめただけの、案外ぞんざいなもの。

 そしてそこには幾つかジンクスがあり、そのうちの一つに、『[憤怒]の称号に就いた者は早死にする』というものがある。

「……私のせい……ですかね……大人しく私が[憤怒]に就いていれば……」

 ライニーが俯き加減でつぶやく。

「……こうなっては仕方があるまい。 『どうしようもないこと』はいっそ忘れて、次にすべきことを考えよう」

 イミルの台詞に、部屋に居る者全てが頷いた。

「まずは“火竜サラマンダー”の回収をどうするか……か?」

 キロは髪の毛を掻き揚げながら、言を発する。

「……それなら、もう既に問題ないかもしれない」

「ん?」

 シャドゥーラの言葉に、イミルは訝しむような目を向ける。

「これも『魔蜘蛛電話』からの情報ですが、ラージアからある程度事情を聞いた“火竜サラマンダー”は、そのままココ……ヒフトフに向かってくるつもりのようです。

 もしかすると、今頃は街の中かもしれません」


 


 

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「アイア姉ぇ、ロンガさん! それにお父さん! …………と……?」

 ロンガ達より先にシルストーム邸に戻っていたキアラは、帰ってきた彼らを見て目を丸くした。それも当然。父親達と一緒に、全く見慣れない、赤毛の二人組みが敷地内に入ってきたのだから。

「こんにちは、初めまして。キョウコ・フレアライズよ」

「妹のメイコです。よろしく」

「は、はぁ……よ、よろしく……」

 キョウコ、メイコの順で差し出された手を、呆けた表情のまま受けるキアラ。

「え、えっと、私はキアラです。姉がお世話になって……ます……?」

「ハ、語尾疑問系かよ。でもしっかりしてんなぁ」

 キアラの言葉をロンガが茶化す。横目でアイアを見ながら。

「なんでこっちみるのよ!」

「はっはっは!」

 高く笑い声を響かせるグレイン。

「ハハハ、でもキアラ、お前そんな設定のキャラだっけ?」

「そういうことは考えた人の負けなんですよ、ロンガさん」

 ケロリと笑って応える。

「……いいのかそれで」

「それより、お父さん!」

 自らの父であるグレインに、キアラが鋭く声を浴びせる。

「これ、いったいどういうこと? ……この人たち、誰?」

「誰って。さっき自己紹介してたろ? アイアとロンガ君が旅先で知り合った人だそうだ」

「ふぅん……」

 ロンガとアイアの二人と、キョウコとメイコの二人を、それぞれ一瞥して、『一応は納得した』ような顔をする。

「それで……僕の息子たるリックスはどこに?」

「あぁ、それなら……」

「んん!? ……なんだ、また変なのが来やがったか」

 噂をすれば、影。体の数箇所に包帯を巻いた姿は、痛々しいものの、基本的には無事のようである。

「あはは、『変なの』呼ばわりだよお姉ちゃん」

 何が楽しいのか、メイコが笑う。

 キョウコもそれに応えるように、クスクスと笑い、

「ええ、まぁ確かに、急に押しかけたのは悪かったかしら?」

 と言った。

「でもねー……」

「ん? どうかしたか?」

 ロンガがキョウコに顔を向ける。

「どうせなら一度に出てきてほしいわねー」

「……?」

「また自己紹介するのに、時間ページ割かないといけないじゃないの。無駄なのよ」

「………………」

 キョウコの辛辣とも取れる言葉に、ロンガは沈黙しか返せなかった。


 


 

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「何を考えている、キロ・ウッドビレッジ」

 “[称号]持ち”の他には、一部の幹部にのみにしか与えられない、本部アジトでの自室。

 そこに戻る途中、キロはシャドゥーラに呼び止められた。

「何を……とは?」

 立ち止まり、横目でシャドゥーラを見る。

「フン、とぼけるつもりか。“風霊シルフ”の話だ。お前の実力なら、半殺しにして連れてくることも出来たはずだ。

 それに、処分予定だった実験動物モルモットどもを、研究施設から持ち出して……アレは、お前の手に負えるモノはないぞ」

 先刻と同じように壁に背を預け、腕を組み、サングラス越しでも判るほどに鋭い目線をキロの背に向けている。

「けっ、お前が考えてる以上に大物だぞ“風霊シルフ”……ロンガ・シーライドは。

 それに――――」

「ム!!? …………!!

 一瞬で、体の向きを変え、その距離を詰め、シャドゥーラに肉薄したキロは、その拳をシャドゥーラの鼻先に突き出していた。

「次にグラム達を『実験動物モルモット』だとか言ってみろ……」

 その目は、敵意を通り越し、殺意にすら染まっていた。

「半殺しでは済まさん」

 そう言ってから拳を下ろして、再び身を翻すと、キロはシャドゥーラの視界から離れていった。


 

 一人廊下に残ったシャドゥーラは、黒いコートのポケットから、一枚の紙を取り出した。

「次の任務は……ん? なんだ……ビリーのじゃないかコレ……まったく、変なところで適当だなイミルのジジイ……」

 ひらりと、手から離れたその紙が、ゆっくりと床に向かって落ちてゆく。

 その紙が、シャドゥーラの足元の影に落ち――そしてそのまま、影の中に沈んで消えた。

「面白そうな任務だったな……」

 口角を吊り上げ、シャドゥーラは呟いた。


 


 

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     ガギィィィィィィ!!!

 日の翳り始めた空に、二振りの大剣がぶつかり合う音が響く。

 その内一振り――腰まで伸びた茶髪の女が持つ大剣から放たれる炎が、触れ合った、相手の大剣が纏う風ごと飲み込むように、銀髪の少年へ迫ってゆく。

 【火竜の大剣ブレ-ド・オブ・サラマンダー】。揺らぐ炎をそのまま固めたような、大きく反り返った刀身。その根元から切先まで燃え盛る姿は、まるで巨大な松明。

 それが彼女――キョウコ・フレアライズの“神器スキル”だった。

「はぁああぁっ!!!

 対する銀髪の少年は、剣が放つ風で炎を振り払うと、後ろ跳びで距離を取った。

 【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】。髪の毛と同じように、銀色の光を放つ彼の大剣は、幅が広く反りの無い、左右対称の刀身をもっていた。その刀身を覆うようにして逆巻く風が、何者をも阻むように、唸りを上げる。

 それが彼――ロンガ・シーライドの“神器スキル”だった。

 


 

「強く、なりたい」

 そう言い出したのは、ロンガだった。

「今のままじゃどう考えても、『七罪星あいつら』には勝てない……」

「そう? 私も『七罪星』のうち一人とは戦ったけど、正直そんなに強くはなかったわよ?」

 首をかしげて、キョウコが言う。

「ハ、お前は十分強いだろ…… 少なくともオレは、身を以ってあいつらの強さを知ってるんだ」

「まぁ、ロンガが言うならそうなんでしょうけど、あなたはその私に勝ったのよ。

 忘れないでね」

「ん? あぁ…………」

「でも、どうするの? 強くなるって言ったって、そう簡単にいくもんじゃないでしょ?」

 と、不安げな表情をするアイア。

「まぁ、その通りなんだが…… どうするかなー」

 と、ロンガが横目で見たのは、誰あろう、グレインだった。

「……なんだいその目は。ひょっとして僕に助けを求めてるのかい?」

     コクリ

 頷くロンガ。

「「ロンガさん……自分じゃ何も考えてないんですね…………」」

 キアラとメイコの台詞が見事に被った。

「はっはっは! そんなに頼られてもねぇ……

 とりあえず、試合みたいなのやってみるかい?」


 


 

 そんな、グレインの適当な台詞で、今。

「風絶――――」

 ロンガの左手の、風の大剣が。

「劫火――――」

 キョウコの右手の、炎の大剣が。

「一閃!!!」「剣嵐けんらん!!!

 大きく振り下ろし振り上げられ、巨大な風と炎の刃を創りだした。

「ちっ……!!

 ――やっぱりか!!

 ロンガが舌打ちをしたように、風とぶつかり合った炎は、その一部が風を乗り越えてロンガに迫ってゆく。

「ハ、だが喰らうか!!!

 横一文字に剣を振るい、残る炎の刃に向けて風圧を放ち、それを相殺した。

「へぇ、やっぱり、強くなってるじゃない」

 燃え盛る大剣を、掲げながら、ロンガに笑いかけるキョウコ。

「そりゃどうも。だが――――まだまだなことぐらい分かってるんでな!!

 右足を前に出し、両手で持った大剣の切先を後ろに流し、力をためる。

 キョウコもそれを左右逆にしたような姿勢をとる。

「「喰らえ――――!!!」」

 まるで鏡映し。

 “風霊ロンガ”と“火竜キョウコ”の、戦意に満ち満ちた視線が交錯し――――

 二振りの大剣が、ほぼ同時に振るわれた。


 

 迸る風と炎を遠目に見つつ、アイアは独り呟くように言った。

「ホント……強いよね…………」

「“精霊憑きスピリウル”のことかい?」

「わっ!? お父さん!? もう、いきなり現れないでよ……」

「ホントに、羨ましいですよねあの能力ちから

「って、次はメイコちゃん!?

「どうやっても、人間には届けませんね、あの強さは」

 その台詞は、広い庭を駆け回る二人を、細い目で眺めながら。

「はっはっは!」

 グレインが笑い声を響かせ、その場に腰を下ろす。

「まぁ、本人たちは少なからず疎ましく思ってるようだけどね」

「ええ、ロンガさんには何があったのかは知りませんが、少なくともお姉ちゃんは……」

 アイアの隣に、グレインと同じく腰を下ろしたメイコが言う。

「……そういえばさ、ロンガがその……イミルだっけ? その人を……自分の父親を恨むようになったきっかけって何なのかな」

「さあ? 流石にそんなことまでは、僕も知らないよ」

「そう……」

「……強く……なりたくはないか?」

「「えっ?」」

 グレインの口から出たその言葉に、アイアとメイコは目を見開いて、振り向いた。

「さっき、メイコちゃんは、『どうやっても人間は精霊憑きスピリウルに届かない』と、そう言ったけど、それはあくまで素質、資質の問題であって、案外、努力次第でその差は埋まるものだよ」

「修行でも……つけてくれるの?」

 半ば冗談を疑うように、アイアは父親を見る。

「はっはっは! そうだよ。その通りだ。この僕、グレイン・シルストームが、娘と娘の友達たちのために一肌脱ごうじゃないか!」

 すっくと立ち上がり、グレインは高らかに言い放った。

「ぬがっ……!!!

「「「え?」」」

 ロンガのうめくような声が、アイアたちの耳に届いたときはもう、ソレは目前に迫っていた。

「……!!

 咄嗟に二人を守るように、グレインが飛び出す。

 だが。

「ちっ、消えろ風霊シルフ!」

 持ち主であるロンガの声を伴った意思に反応し、宙を舞う銀色の大剣は、姿を消した。

「~~~~っ!! ちょっとロンガぁ!?

 グレインの背後から顔を出し、アイアが叫ぶ。

「ハ……わりぃ、つい手が滑った。(……いま、オレが思うよりも一瞬早く消えたような……? 気のせいか?)」

「手が滑ったって! 下手したら死ぬところだったじゃない!!

「なんだよ、悪かったって言ってるだろ……? 文句ならあいつに言えよ」

 そういって、ロンガが指をさした先には、キョウコ。

 彼女は、一瞬、ふっと笑って。

「ああら、私のせいにする気? あなたが私程度の攻撃で剣をはじかれるからでしょう全く情けないことこの上ないんだからロンガったらそんなロンガには地獄の業火をお見舞いしても良いんだけどどうかしらってか絶対嫌よねだったら即座に取り消しなさい謝りなさい平伏しなさい今すぐ今すぐ今すぐいますぐ!」

「ごめんなさい!!!

 謝った。即座に。ロンガが謝った。思いっきり頭を下げて。

 勢い余って土下座までしそうだったが、何とか自尊心で踏みとどまった。

「…………」

 それを見てアイアも言葉を失う。 

 全く笑ってない且つ笑えない。そんな迫力ある眼で睨まれれば、たとえ顔全体では満面の笑みでもやはり、そうなってしまう。

 ロンガをしてそうなのだ。

 グレインやアイアが固まるのも無理は無い。メイコは妹ということで耐性があるのか一人ニコニコしていたが。

 そして、屋敷から中庭へ出てきた瞬間、そんな若干ばかりシュールな光景を目にしたキアラまで固まってしまっても、なんら無理は無かった。

「あんたら、何してはるん?」

 腹の底から搾り出したようなキアラの台詞が、なんだか方言チックだったのも、無理は無い……だろうか。


 


 

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「ん、オレ達も鍛えてくれるのか?」

 キアラの淹れた紅茶を手にとって、ロンガが口を開く。

「あぁ。『七罪星』に居たころは研究員をしてたって言ったろ? ある程度なら、“精霊憑きスピリウル”を強くする方法も心得ている」

「ハ、それは頼もしいな。……ホントに」

 最後の部分は優雅に紅茶を飲むキョウコを横目で見ながら。

「(ロンガ……ホントにキョウコさん苦手なんだね…………)」

 そう思いながら、ふとアイアは窓の外を見た。

 既に外は暗く、六人は屋敷の中の部屋に場所を移していた。キアラが残りの五人を呼びに出てこなければ、ロンガとキョウコは今頃も『修行』という名目の憂さ晴らしをしていたかもしれない。

 アイアには、二人とも、何かに苛々しているように見えていた。

 理由もわからずその身を狙われているのだから、無理も無いかもしれないが。

「それにしても、今日はいろんなことがあったねー」

 腕と背筋を伸ばしながらそう言って、力を抜くと同時にため息を吐く。

「ハ、確かにな……」

 アイアの弟リックスとロンガのくだらない喧嘩に始まり、『七罪星』イミルと金髪の少年の襲来、イミルとロンガの関係の発覚、グレインの過去の発覚、フレアライズ姉妹との再会。

「チェック!」

「ま、負けた!? 私が!? く……」

 ロンガ達が紅茶を飲んでいるテーブルとは、少し距離を置いて。

 キアラとメイコは床に盤を置き、チェスをしていた。

「次は負けないからねキアラちゃん!」

「望むところです!」

 二人とも笑顔で、とても楽しそうである。

「「何知らないうちに仲良くなってんのあんたら」」

 二人の姉は声をそろえる。

「別に、仲良いんだから問題ないだろ?」

 と、ロンガは言うが、二人の顔……特にキョウコは複雑そうだった。

「ハ、気持ちはわからんでもない……いや、やっぱわからん」

「はっはっは! まぁ、いいじゃないか。なんだか平和で」

 そういってまた笑うグレインに、ロンガは溜息をつきながら、

「そうでもないぞ? “四大精霊オレたち”がいる限り、『七罪星あいつら』はまたココに来るだろ……?」

「……確かにそうね。私たちはココにはいないほうがいいのかも」

 ロンガの言葉に合意するキョウコ。

「ちょ、ちょっと待ってよそんな……」

「そうだよ二人とも」

 アイアの言葉を遮って、グレインが口を開く。

「ココまで来て逃げるなんて、僕も許さないよ。

 今君達のやるべきは、『七罪星』とも互角に戦える力をつけることだ」

「ハ、でも、あんたらに迷惑がかかることも確かだろ? コレは究極、オレ達の問題なんだ。関係の無いあんたらを巻き込むわけには…………っ!?

 ロンガが言葉に詰まったのは、アイアの顔を見たから。そしてその目が、うるうると涙をたたえていたから。

「関係無いわけないよ……『巻き込むわけにはいかない』? もう十分巻き込まれてるよっ!」

 震えるアイアの声に、メイコ、キアラも会話をやめて顔を向ける。

「ロンガ……あんたの目的は『復讐』だって言ってたけど、それだけじゃないんでしょ?」

「ハ、なんでそんなことが分かるんだよ」

「なんだか、どうしてかは分からないけど、ロンガは何かを取り戻すために戦ってる、そんな感じがしたの」

「…………」

 沈黙したロンガを、キョウコが横から小突く。

「ホラ、何か言いなさいよ。アイアちゃん泣かしてただで済むと思ってんの?」

「いや……ってか、泣かしてないし!」

「私も泣いちぇないし!」

 噛んだ。多分泣いてた。

「はっはっはっはっは!!!

 湿っぽくなった部屋の空気を切り裂いたのは、グレインの高らかな笑い声。

「……なんだよ?」

「いや、特に意味はないんだけどね?」

「「ホントになんだよそれ!!!」」

 ロンガとアイアのツッコミが飛ぶ。

「はっは! なんだ息ぴったりじゃないか。

 いいかい、ロンガ君。アイアも言ったように君たちと僕たちはもう、無関係とはいえない立場でいる。だったら、君の目的が何であれ……」

「私たちに手伝わせてくれてもいいじゃない。ねっ!」

 グレインの言葉をアイアが引き継ぐ。

 この親子もまた、息ぴったりだった。

「もちろん、キョウコさんも」

「あら、そう言ってくれるなら、お言葉に甘えようかしら」

「ハ……ったく……」

 ばつが悪そうに、頭をかき、そっぽを向くロンガ。

「ふふふ」

 それを見たアイアの顔からは笑みがこぼれた。

「さぁて、そうと決まれば、今日はゆっくり休もう。

 流石にもう『七罪星』の連中は来ないだろうし…… キアラ、ティレイはまだ帰ってないのかい?」

 シルストーム家四人キョウダイの一番上、アイアの姉にあたる、ティレイ・シルストーム。

 彼女の性格は、四人中もっとも特殊といって良く、且つ夜毎どこかにふらりと出て行っては、朝方に帰ってきたりこなかったり、といった悪癖の持ち主である。

「そうみたいね。今日は帰ってこないかも。気づいたらいなくなってたから、いつ出て行ったのかも定かじゃないんだよね」

 とは言え、イミルたちの襲撃の騒ぎのなか、敷地内にいたなら顔を出した筈である。ならば、それより前、午前中には家にはいなかったのだろう。

「朝から出て行くなんてなんか珍しくない?」

 アイアの疑問に、

「いや、ココしばらくアイアはいなかったから知らないだろうが、最近ではそんなに珍しくないんだ。全くどこで何をやっているのやら」

 グレインはそう答える。

「あら、もう一人キョウダイがいるのね」

「うん。私のお姉ちゃんなん――――だ?」


 

     ズズリ


 

「……何の音?」

「…………」

 ロンガが警戒するように、椅子から立ち上がる。


 

     ガチャ、


 

 部屋のドアの音が鳴る。

「な……」

「ティレイ姉ぇ!?

 いち早く駆け出したキアラが、倒れそうになるティレイの体を支えようとするが、小柄なキアラではそれは難しかった。

「わっ」

「おっと」

 二人して倒れそうになるところを、グレインがその腕で抱える。

「ティレイ? 一体どうしたんだい?」

 とりあえず床にティレイを寝かせ、問いかける。

 ティレイは汗だくで、ずいぶんと疲労しているようだった。

 汗にぬれた髪の毛の合間の目は、つらそうに堅く閉じられている。

「これは……」

「目立った外傷は無いみたいだけど……」

 ティレイを覗き込んでキョウコが言う。

「この人が、さっき言ってたアイアさんのお姉さんですか?」

「うん…… でも、どうしたのティレイ姉ぇ……」

 アイアが呼びかけるが、ティレイは応えない。いや、応えられないのだ。

「どうだ? 何かわかるのか?」

 ロンガがグレインに話しかける。

「うん……まるで魔力を無理やりに使い切ったあとみたいな…… 典型的な魔力枯渇の症状なんだが……」

 魔法などで魔力を使用しすぎると、その消耗は生命力にまで及び、身体の機能に障害を及ぼしたりする。

 だが、ティレイの魔力量は魔力を大量消費する古代魔法を日に5・6発放てるほど多い。親であり経験豊かな“魔法使いウィザード”であるグレインを超え、もはや“人間”の出せる数字ではまさに限界値である。

 “神器スキル”のカタチだけとは言え、魔力の使用に特化した“精霊憑きスピリウル”ならば話は別だが。

「そんなティレイが魔力枯渇なんて……容易には想像できないんだが……」

「魔力枯渇……」

 そのとき、ロンガとグレインの頭の中で、何かが繋がった。

「「まさか!」」

 二人は思わず立ち上がると、

「ふぇ、な、何!?

 狼狽するアイアや、怪訝な顔をするキョウコ達を残して、

 ドタドタと音を立てながら、先を争うように部屋を出て行った。

「え……だから……一体何?」

「とにかく追ってみましょう、アイアさん!」

 呆然とするアイアにメイコが声をかける。

「はっ! でも、えっと……」

「ティレイ姉ぇなら私が見てるから!」

「! うん、ありがとねキアラ!」

 走って部屋を出るアイアと自分の妹を見送って、

「そんなに焦っても良いこと無いわよ、まったく……」

 キョウコ・フレアライズはゆっくりと部屋を出た。


 


 

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 一階ロビー、大広間。

 相当な大きさのパーティが開けそうなその部屋は、二回へ続く階段、いくつかの部屋の扉、そして正門へ続く大きな扉があるのみだった。

 この屋敷にもっと人がいたころは、ここもずっと華やかだったのだろうが、その面影は今や無い。

 そして。

「よぉ、久しぶりだな」

 外から、もしくは外へ続く正面の扉。

 そこに背中を預け、ごつい手袋をした手でボサボサの髪を掻き揚げる人物。

「キロ……ウッドビレッジ……!!!

「キロ君……」

 二階から現れた二人を目にして、[暴食]のキロは口の端を吊り上げた。

「夜分遅く悪いね……なんて、そんな建前は要らないか。

 ロンガ、用件はわかるだろう? オレと戦え」

「…………!!

 ロンガの後ろから続々と人がやってくる。

 メイコは再び怪訝な顔をしたが、その姉キョウコは一瞬驚いた顔をした後、

「アンタは……」

 憎々しげに呟いた。

「ん? なんだ“火竜サラマンダー”もいるのか!? おいおいおい……いくらオレでも同時に二人も相手は無理だぜ」

 そう言いつつも、その顔にはヘラヘラとした笑みが張り付いている。

「ハ、安心しろよ、キロ。皆には、手は出させない」

「え、ちょっとロンガ!!? 何考えてんの!?

 アイアが声を張り上げる。

「キョウコたちも、手は出さないでくれよ」

「別に……男同士の喧嘩に水をさす気は無いわよ」

「ちょっとキョウコさんも!」

「そうよお姉ちゃん!!

「いや」

 そこでグレインが口を開く。

「キロ君の実力は確かだ。ああ言っちゃいるが、おそらく二人相手でも戦って見せるだろう」

「でも、それじゃ尚更――――」

「それに、あの手袋……【暴食獣の手袋グローブ・オブ・ベヒーモス】……ティレイの魔力をほぼ全部吸収しているし、相手が増えるということは逆に彼にチャンスを与えてしまう」

 【暴食獣の手袋グローブ・オブ・ベヒーモス】。キロ・ウッドビレッジの“神器スキル”であるそれは、今まさに彼の手を覆う手袋であり、その能力ちからは、あらゆる魔力を吸収し蓄え、魔力による生成物を容易く破壊し、生体の魔力を奪うことで戦闘不能にする。

「それに」

 ロンガがアイアのほうに顔を向けながら言う。

「アイア、奴には仲間がいたろ?」

「……確かに」

「オレは直接戦ってないから分からんが、そいつも只者じゃないだろう。

 多分、外で待機でもしてるんじゃないか。キロがヤバくなったときのために」

「…………」

 アイアも、もうそれ以上何も言わなかった。

「さて、キロ。少し待たせたが……一対一……勝負だ」

 ロンガの利き手が光を放ち、銀色に光る大剣を生成する。

「【風霊の大剣ブレード・オブ・シルフ】……」

「ふっ、一対一ってルールだからな、ムラマサは使わないさ。

 だが、今度は本気で行く」

 その顔は、嗜虐的な笑み。

「少しは強くなってないと―――――」

 両雄が、同時に、互いに、向って、疾走を、開始する。

「――死ぬぜお前!!!

 ロンガ・シーライド VS キロ・ウッドビレッジ。

 その第二戦の火蓋が、斬って落とされた。


 


 


 


 

第九閃――END――

 

 

 

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